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終わりなき戦い〜スペースノイドの真の独立のために〜

 

 

序文

 U.C.0128年6月某日。我が敬愛する祖父が急逝した。死因は急性心不全だった。
祖父は手にペンを握ったまま、机に覆いかぶさるようにして倒れていた。
最期のそのときまで原稿に向かっていたらしい。
いかにも祖父らしい最期だった。
時代とともに科学技術並びに医療技術は発展を遂げた。
現在の最先端の技術を用いれば、失った手足を機械の義肢によって甦らせることさえ可能な時代が到来していた。
だが、人の命には限りがあった。
これはいつの時代とて同じことだった。
我が祖父は地球連邦軍人として20年近く務めた後、物書きとしてそれなりに名を馳せた。
物心ついたときから文章を書くことが好きだった私は祖父に師事した。
祖父は嬉々として私の文章を見てくれた。
そして私の才能を見い出し、育ててくれた。
私がハイスクールを卒業するときには、記念に1冊の本を出そうとまで言ってくれた。
しかし、その約束を果たすことなく、我が祖父は逝ってしまった。

 

 一通りのことが済んで、祖父の書斎を整理していた私は、祖父のかつての原稿を見つけた。

『EXAMとは?』―青年時代の祖父の懸命な想いが込められた論文。

『ホワイト・ディンゴ隊のその後は?』―1年戦争時の英雄部隊のその後を追ったドキュメンタリー作品。

『届かなかった終戦の知らせ』―祖父が若かりし頃に書き留めていた手記の一つ。

その他、祖父は様々な作品を残した。
中でも、私の最もお気に入りの作品は『アクシズ落下阻止作戦回顧録』である。
私が生まれる前の出来事だが、地球の危機を救わんとした祖父たちの想いが如実に表れていると思う。
しかし、この作品はどうも私たちのような若い世代の目には時代遅れに映るらしい。
かつての地球の危機を風化させてはならないと私自身は思うのだが。
(現に5年前のU.C.0123年にもフロンティアサイドにてクロスボーン・バンガードによる叛乱が起きている)
残念ながら、 そのように意気投合するのは私よりも1周りか2周り上の世代なのである。
これには仕方のない部分もある。
この作品はほぼ祖父の視点によって捉えられているのだが、そのためか専門的な用語が多く、
一般人には難解に思える箇所が少なくはないのだ。
今の時代、当時の軍人の名前や作戦の詳細などを知っているのは、ミリタリーマニアか歴史家くらいのものである。
昨今の一般人にもわかりやすく改める必要があると私は思っている。
そのように祖父に進言したせいだろうか。
改訂を予定していたのか、祖父の机にはこの原稿が置きっぱなしになっていた。

 

 ふと祖父の机の脇に目を向けると、もう一つこの『アクシズ落下阻止作戦回顧録』以外の原稿が見つかった。
驚くべきことに、これは未だ世間に発表されていない祖父の原稿、つまり遺稿であった。
遺稿とは言っても、まだ資料がやっとまとめられたといった状態で、文章としては全くバラバラな代物だった。
その資料を目にして、私は息を呑んだ。
生前、祖父は何度も地球と宇宙を往来した。
何かについて調べていることはわかっていた。
しかし、それが何なのかは今このときまで知る由もなかった。

 

 祖父は宇宙に定住するようになってから、地球連邦政府とスペースノイドのあり方について考えるようになった。
また一人で考えていては埒が明かないと感じたのか、
地球連邦総合大学リーア分校の経済人類学研究室助教授であったミナカ・ユンカース女史をたびたび訪ねるようになった。
(ユンカース女史はU.C.0100年を記念して宇宙世紀の歴史を振り返る書物を記しており、その道に長けた人であった)
シャアの叛乱から10年余りが過ぎた当時、祖父は物書きとしてそれなりに名を知られていた。
しかし、こうした学問的な分野には余りにも疎かった。
そのため、若い学生に混じりながらユンカース女史の講義に潜るということさえしていたというのだから、人は笑うであろう。
以来、祖父はスペースノイドの自立、自治権確立についても論じるようになっていった。
スペースノイドの自治権確立のための独立戦争と言えば、
誰でも(たとえ小学生であっても)「1年戦争(ジオン独立戦争)」という言葉が思い浮かぶだろう。
当時、我が祖父は連邦側の兵士として戦っていた。
そのときは、自分たちが正しいと信じて疑わなかったと言っていた。
しかし、次第にジオン公国側の視点からもこの戦争を捉えるようになっていった。
それは、スペースノイドの自立という問題を考えるときに避けては通れない道だった。
そんな祖父が、長い時間をかけて調査を繰り返し、温めていた原稿がこれだったのだ。

  タイトルのみは仮題として既に決まっていた。
このタイトルを知ったとき、私は是が非でもこの原稿を祖父に代わって完成させたいと思った。
これは、今の私たちにぜひとも必要な作品だったからである。
その原稿のタイトルとは・・・『終わりなき戦い〜スペースノイドの真の独立のために〜』

 

注:以下、本稿中における『私』とは我が祖父、「スウォード・ミヅキ」のことを指す。

 

第1章 地球連邦軍MS特殊部隊第三小隊

 U.C.0079年1月3日。
月の裏側に位置するスペースコロニー、サイド3はジオン公国を名乗り 地球連邦政府に対して宣戦を布告した。
世に言う『1年戦争(ジオン独立戦争)』の勃発である。
ミノフスキー粒子下においては従来のレーダーに頼った戦闘方法が通用せず、
地球連邦軍は序盤戦において大敗を喫することになる。
ルウム戦役においてジオン公国の捕虜となったレビル将軍は後にこう語った。

「我が軍の苦戦は、ジオンがMSを有し、我が軍はそれを有さないというところに発しておるのです。」

連邦軍が決行したレビル将軍救出作戦は成功し、
レビル将軍による『ジオンに兵なし』と呼ばれることになる演説は、地球連邦政府に徹底抗戦を決意させた。
しかし、MSを所持しない連邦は苦戦を続け、結果地球上の3分の2を制圧されてしまうのである。
地球連邦政府高官から詰め寄られたレビル将軍は前述したコメントを口にし、
地球連邦軍もまたMS開発に乗り出すべく、V作戦を発動するのである。

 

 地球連邦軍内においては、この苦しい戦況においても一枚岩ではなくMS推進派、反対派それぞれの派閥が存在し対立した。
MSの導入に積極的であったのはレビル将軍やコリニー提督を中心とした派閥であり、
逆に、従来の戦力による反抗作戦を掲げていたのはゴップ提督やワイアット将軍を始めとした派閥である。
レビル将軍派閥に属するジョン・コーウェン准将もまたMSの戦線投入に対して意欲的な姿勢を見せており、
V作戦とは別に進んでいた先行試作量産型MSの実戦データを収集するための部隊、
『MS特殊部隊』を設立し、レビル将軍のV作戦に貢献していた。
中でも、『MS特殊部隊第三小隊』の活躍は名高く、コーウェン准将の信頼も厚かったという。

 

 MS特殊部隊第三小隊(以下、デルタチーム)は各地を転々としながらMSの実戦データを収集し、
特に、MSの兵器としての運用ノウハウを得るために活躍することとなった。
MSの実戦データの収集のみに関して言えば、 レビル将軍直属の部隊に『第11独立機械化混成部隊』という部隊が存在しており、
デルタ・チームにはただ戦うのみではなく、いかにチームとして戦うのかという問いへの答えが求められたのである。

 

 そんな彼らに対して重大な任務が下る。
とある重要物資を輸送するレーチェル・ミルスティーン率いる輸送部隊を護衛せよというのだ。
これが、彼らの苦難の戦いの日々の始まりであった。
昨日はヨーロッパ、今日はアジア、明日は南米と転戦に次ぐ転戦を重ね、
さらには北米、オーストラリア、アフリカとついには世界を1周してしまったのである。
結果、彼らは命令された重要物資を守り通すことに成功したわけであるが、
のちに彼らの行動を調べてみると奇妙な点が見つかったのである。
というのも、ジオン公国軍の一部の部隊と共闘していた形跡があるというのだ。
デルタ・チームと共に戦っていたという部隊は、決して連邦に寝返ったというわけではなかった。
一時的に何らかの目的のために手を結び、そしていずこかへと去って行ったのである。
彼らは一体何者なのか。
一体何のために連邦軍と手を組み、同志であるはずのジオン軍と戦わねばならなかったのか。
この事実に気がついた私は、既に退役されたコーウェン元中将にコンタクトを取った。

 

 コーウェン元中将はU.C.0083年に起きたデラーズ・フリート紛争後、
コロニーの落下を阻止できなかったということで引責罷免となった。
(当時、コロニーの落下は事故であり、それを阻止できなかったという理由で罷免された)
しかし、その後の連邦軍の情報公開によって明らかとなったのだが、
コーウェン元中将は派閥抗争に巻き込まれた挙句の退役だったようだ。
そのコーウェン元中将によれば、デルタ・チームからの一切の報告はなく、 自分は一切関知していないとのコメントが寄せられた。
コーウェン元中将は前線の兵士たちに対して、ある程度自由度の高い戦略・戦術を認めていたようであり、
その結果、このように稀な敵味方が共闘するという稀有な事態が生まれたものと推測できる。

 

 コーウェン元中将からは期待した情報を得ることはできなかったのだが、
幸いにも知り合いの女性ジャーナリストから、私が知りたがっていたジオン側の部隊名が判明した。
(彼女、ジェシカ・ドーウェンはかつてジオニック社に勤務していたこともあり、
 ジオン公国に関する情報に対して太いパイプがあったのである)
彼らの部隊名は『ジオン公国軍特別義勇兵部隊特務遊撃隊』といった。

 

U.C.0101年10月4日

注:この日付は祖父が書き記していた資料の日付であり、本原稿そのものの日付ではない。 以下の章に記されている日付も同様である。

 

第2章 ジオン公国軍特別義勇兵部隊特務遊撃隊

 ジオン公国軍は開戦時、本来同胞であるはずのスペースノイドたちにも牙を向いた。
結果、サイド1、サイド2、サイド4の住民たちはほぼ全滅した。
その死者数は実に30億人にまで上る。
だが、幸いにして各サイド出身者の中にも難を逃れた人々も存在した。
偶然、被害を免れたサイド5、サイド6へ何らかの理由で渡航していた人々である。
もっとも、後のルウム戦役によってサイド5も壊滅的な被害を被ることとなり、
各サイドの生存者はサイド6、もしくはジオン公国の母体たるサイド3に渡航していた人々であった。
だがサイド3に渡航して難を逃れたと言えども、彼らの帰るべき故郷は既にない。
彼らは生きるために、何らかの形でジオン公国に協力しなければならなかったのである。
(さもなくばジオン公国への在籍が認められなかったため)

 

 生存者の中には、ジオン公国軍の外国人兵士として志願する者も存在した。
そんな彼らを一つに束ねあげたのがジオン公国軍のダグラス・ローデン大佐であった。
ダグラス大佐はジオン・ズム・ダイクン派であったことが災いし、
ザビ家から疎まれ、外国人志願者の寄せ集めと言っても過言ではない部隊の司令官に任命されたのである。
しかし、ダグラス大佐はこの戦争をザビ家のための戦争ではなく、スペースノイドのための戦争であると位置付け、
その理想を達成するための人材を密かに募っていた。
つまり、そのためには生粋のジオン公国国民であるよりも、
それ以外のスペースノイドである外国人たちがまさにその人材としては適任だと考えていたのである。
結果的にダグラス大佐の目論見通りに結成された外国人部隊は、 『特別義勇兵部隊特務遊撃隊』(以下、レッド・チーム)と名づけられた。
しかしながら別称であり蔑称でもある『外人部隊』の名が示すように、
彼らは通常の部隊とは別にして扱われ、補給等の面で相当の不利益を被ったということである。
さらには通常の指揮系統に属さないため、まるで便利屋のように各地をたらい回され、
結果、ろくな補給もなしに戦地を転々とする戦いの日々が続くこととなったのである。

 

 ジオン公国軍においては彼ら以外にも世界の各地を転戦する部隊は、そう珍しいわけでもなかった。
例えば、『闇夜のフェンリル隊』のように特殊任務に携わるエリート部隊は
その時々の戦況の変化によって様々な任務を請け負い、世界の各地を飛び回った。
また上層部直属というお墨付きを得ているため、厳しい補給事情にも関わらず潤沢な補給があったと記録されている。
しかしレッド・チームはそうもいかなかった。
各地の司令官の顔色をうかがいながら、その日その日の補給を辛うじて得ていたのである。
任務内容の厳しさについては、レッド・チームも『闇夜のフェンリル隊』もほぼ同様であったが、
この差はやはり上層部直属という肩書きの他、ジオン公国国籍を有する者と有さない者との差を物語っていた。
また、エリートと称される部隊の中にはその肩書きに陶酔し、非常に粗悪な振る舞いをする者も少なくなかったという。
前述した『闇夜のフェンリル隊』についてはそのような話は存在していないと言われているが、
一部の上層部直属の部隊の振る舞いの酷さは友軍の中でも有名であったらしい。
このため、彼ら外国人部隊とエリート部隊には少なからぬ確執があったと考えられる。

 

 戦況の悪化につれ戦いの場は宇宙へと移り、ジオン公国軍は続々とその戦力を宇宙へ撤退させていた。
しかし、ここでもザビ家に近い部隊から優先的に脱出が行われることとなった。
外国人部隊であるレッド・チームは脱出する友軍の支援を命じられ、宇宙へ帰る道を断たれてしまったのである。
だがダグラス大佐は諦めてはいなかった。
同じように地上に残る道を選んだ友軍と合流し、彼ら自身のみによる力で宇宙へ帰る方法を探っていたのである。
そして地上に残されたジオン公国軍の大部分がそうしたように、
ダグラス大佐を中心とした部隊は一路、まだ依然としてジオンの勢力圏内であったアフリカ大陸を目指すのである。

 

U.C.0101年10月7日

 

第3章 アフリカ大陸へ集え

 オデッサ作戦での敗退、起死回生を図ったジャブロー降下作戦の失敗を始めとして、各地でジオン公国軍は敗走した。
地上での戦局の悪化を知るや、ザビ家に近しい部隊ほど続々と宇宙へ脱出していった。
これは、以降のザビ家の方針が宇宙と地上との棲み分けへと変化し、そのために戦力を宇宙へと呼び戻していたためでもある。
しかし、ここでも外国人部隊やザビ家が快く思っていない部隊に関しては後回しにされ、
さながら、二度と宇宙に戻ってくるなとでもいうかのごとく扱われていた。
結果、皮肉なことに真の意味でスペースノイドの独立の理想を掲げて戦う者たちが地上に残り、
ザビ家に忠誠を近い、ザビ家の存続を望む者たちが宇宙で戦うことになったのだ。
当然のことながら、補給も宇宙の部隊を中心に送られることとなり、
事実上、地上に残されたジオン公国軍は見捨てられたのだ。

 

 そのような困窮した状況の中、脱出に遅れたエリート部隊は上層部直属という肩書きを盾に
残されたわずかな物資ですら友軍から徴収するという行為に走り始めた。
既にこのとき、ジオン公国軍地上部隊において内部分裂の兆候が現れていたとも言えよう。
ある意味、ザビ家は宇宙と地上の棲み分けに成功していた。
それは、ザビ家に忠誠を誓うジオン公国軍と誓わない公国軍とにである。
後者は、言わばスペースノイド独立のための反地球連邦政府軍とでも言うべき存在になりつつあった。
建前上、ジオン公国軍の肩書きを冠しているが、ザビ家に見捨てられた彼らにとっては、
もはや(祖国に対する思いこそあれ)ザビ家などはどうでもよい存在だったのだ。

 

 ダグラス大佐率いるレッド・チームは連邦軍によるキャリフォルニアベース掃討作戦が展開される中、
友軍の宇宙への脱出作戦を成功に導いた後、同じように地上に残された部隊を集め、
一路、ジオン公国軍の勢力圏内であるオーストラリア大陸を目指した。
オーストラリア大陸における公国軍の司令官を務めるウォルター・カーティス大佐とダグラス大佐は
士官学校時代の同期にして、スペースノイドの独立という理想を同じくするダイクン派の同志だったのである。
しかし、オーストラリア大陸においても連邦軍の反抗作戦が急激に進んでおり、
ウォルター大佐はオーストラリア方面軍の脱出計画を進めている最中だった。
ダグラス大佐並びにウォルター大佐の目的地は一緒だった。
ジオン公国地上軍が唯一まだその勢力圏を維持しているアフリカ大陸へ向かい、
残された全ての公国軍地上部隊を合流させる。
この戦争はジオン公国の敗北で終わるだろうが、それはザビ家の敗北である。
スペースノイドが敗北したわけではない。
これはザビ家が勝手に始めた戦争であり、ザビ家が勝手に滅ぶだけなのだ。
彼らはアフリカ大陸にて潜伏し、いつしかスペースノイドの独立のために
再び戦いが起こるその日を待つ道を選んだのだ。

 

 ダグラス大佐はその橋頭堡を築くべく、オーストラリア方面軍からの支援と引き換えに先んじてアフリカ大陸へと向かった。
だが、ダグラス大佐並びにウォルター大佐の誤算は、
ザビ家直属のエリート部隊の全てが宇宙へと戻ったわけではなく、その一部は地上に留まっていたことである。
彼らの存在は、ダグラス大佐並びにウォルター大佐にとってあまりにも弊害となる存在であった。
わずかの補給を奪い取り、あまつさえ計画の障害になろうとしているのでは排除するほかはない。
これに対し、ウォルター大佐は彼らエリート部隊に宇宙への脱出というエサを匂わせながら巧見に利用し、
連邦軍部隊と交戦させることで排除することに成功した。
これに対し、ダグラス大佐は自身の手で彼らエリート部隊を排除する手段を選択した。
オーストラリア方面軍を始めとした地上に残された部隊の橋頭堡を築くには、もはや一刻の猶予も許されなかったのである。

 

 ダグラス大佐にとってうれしい誤算であったことは、
ダグラス大佐たちが排除しようとしていたエリート部隊は、連邦軍の重要な標的となっていたことである。
これに気づいたダグラス大佐の右腕、ケン・ビーダーシュタット少尉は大胆にも連邦軍と共闘するという方法を取った。
その連邦軍というのが、あの『MS特殊部隊第三小隊』だったのである。
デルタ・チームの若き隊長、マット・ヒーリィ中尉は柔軟な戦術思考のできる男だった。
突然の公国軍からの共闘の打診に、彼らデルタ・チームは快く応じたのである。
それは、目の前のレッド・チームよりもはるかに凶悪な敵部隊が存在することに気づいていたからなのかもしれない。

 

 レッド・チーム並びにデルタ・チームの共闘はどちらの正式な記録にも残されていない。
連邦軍の隠蔽体質を知る者ならば、マット中尉、もしくは上官にあたるコーウェン准将のどちらかが握りつぶしたと想像するだろう。
とはいえ、彼ら連邦軍にとっては凶悪なジオン公国軍のエリート部隊を撃破したという事実が重要なのであって、
そのためにどのような手段を取ったのかについては重要ではなかったのである。
ゆえに、この件関して知るものは当事者並びにその上官だけだったのである。
わざわざ軍全体に報告し、問題化させる必要はなかったのだ。
一方のレッド・チームに関して言えば、その正式な報告を受け取る機関がもはや存在しなかったのである。
ザビ家から見捨てられた彼らにとっては、報告する義務もなければ義理もなかったのだ。
また仮に報告していたとしても、戦後のごたごたによって大部分の資料が紛失してしまったため、
結果としては記録は残されなかったであろう。
レッド・チーム並びにデルタ・チームは敵同士であったが、この戦いを通じて彼らを結ぶ絆のようなものができた。
それは、連邦とジオンというイデオロギーを超えたある意味人類全体が目指すべき姿だったのかもしれない。

 

 最後に、付け加えなければならない。
ジオン公国軍の上層部直属のエリート部隊全てが前述のような粗悪な行動を取ったわけではない。
先に述べた『闇夜のフェンリル隊』は連邦軍の報告によると、
キャリフォルニアベースにて最後まで抵抗を続け、友軍の脱出を支援し、
ダグラス大佐と同じように友軍を率いてアフリカ大陸へと脱出する道を選んだのだという。
彼らのその戦いは戦後、『ジオンの悲憤』というタイトルにてドキュメンタリー映画として語り継がれ、
人々からの大きな反響を得ることとなった。

 

U.C.0101年10月10日

 

第4章 反地球連邦政府運動の展開

 1年戦争終結をもって、戦いは一応の終止符が打たれたことになる。
だが、ジオン公国軍の中にはこの終戦協定は飽くまでジオン共和国との協定だと主張し、
ジオン公国軍としては断固戦い続ける部隊も数多く存在した。
これに対して、かつてはジオン公国軍に在籍したが、
戦争終結後には反地球連邦勢力と結びつき、反地球連邦政府軍の様相を呈していった部隊も存在した。
前者はザビ家のためという御旗を掲げていた部隊の色合いが濃く、
後者はスペースノイド全体のためにと目標を掲げていた部隊の色合いが濃い。
このように、終戦後のジオン公国軍は完全に二つに分かれたのである。

 

 後の歴史を追っていくと、U.C.0083年にはデラーズ・フリートによる紛争が勃発。
このとき、アフリカにて蜂起した部隊はどちらかと言えばザビ家よりだったようだ。
(そもそも首謀者であるエギーユ・デラーズはギレン・ザビの親衛隊であり、その忠誠心も高かったという)
ダグラス大佐を始めとした部隊(以下、反地球連邦政府軍と呼称することにしよう)は、
このとき、物資援助等の後方支援的な意味合いの協力はあったかもしれないが、
自身らが直接武装蜂起することはせず、ただひたすら時を待ったのである。

 

 そしてさらに4年後、彼らの待ちわびたときは来たのである。
U.C.0087年、グリプス戦争の勃発である。
これまでの重圧に耐えかねたスペースノイドは、ついに地球連邦政府に対して牙を剥いたのである。
反地球連邦政府運動エゥーゴ(A.E.U.G=Anti Earth United Government)ならびにその協力組織カラバは
ティターンズ並びにそれに協力する地球連邦軍に対抗するため、戦力が必要だったのである。
グリプス戦争勃発以前より、元ジオン公国軍人が1年戦争中に行方不明になった連邦軍人の軍籍を
不法に取得するといったケースはあったが、
エゥーゴやカラバにしてみれば、打倒地球連邦の目的を果たす協力者となってくれるならば、
そのような法律違反などは些細な問題であったのである。
この状況を利用し、多くの元ジオン公国軍の兵士たちがエゥーゴやカラバに参入していったのだ。
(中にはグリプス戦争の中期より参戦したアクシズに流入した者もいるだろう)

 

 このとき、地球連邦軍もまた二手に分かれて戦っていた。
片方はティターンズ、もう片方はエゥーゴに吸収される形で参戦し、
結果としてみれば、まるで連邦軍の内戦のような戦争へと発展していったのである。
エゥーゴやカラバにとってみれば、かつては敵同士であったはずのジオン軍兵士と連邦軍兵士が共闘し、
反地球連邦政府運動に参加していることになるのだ。
かつてのデルタ・チーム、並びにレッド・チームは今度は正式な『仲間』として、 一つの目標のために戦っていたのかもしれない。
もしくは、またしてもティターンズとエゥーゴという枠組みに分かれ、終わりなき戦いを繰り返したのかもしれない。
その事実に関しては定かではない。
だがしかし、私には一つの推測があるのだ。
ダグラス大佐を始めとしたレッド・チームがカラバに参加したことはほぼ間違いないとして、
あとはデルタ・チームの面々がどちらに所属していたかが問題である。
ここで思い出していただきたい。
デルタ・チームの上官はあのU.C.0083年に引責罷免されたコーウェン元中将である。
コーウェン元中将並びにティターンズの総大将たるジャミトフ大将は対立関係にあった。
つまり、派閥抗争の観点から見れば、デルタ・チームはティターンズに対して声がかかることはなかったはずなのである。

 

 この戦いは結局何のための戦いであったのかと問われれば、やはりスペースノイドの独立戦争であったと答える他はない。
エゥーゴに参加した旧ジオン兵もいれば、アクシズに参加した旧ジオン兵も存在し、
同じくエゥーゴに参加した連邦兵もいれば、ティターンズに参加した連邦兵も存在する。
もはや1年戦争時のイデオロギーが通用する戦いではなかった。
かつての勢力はそれぞれに二分され、スペースノイドとアースノイドという対立構造に結びついていったのだ。
そしてグリプス戦争そのものはティターンズの敗北という形で幕を閉じるが、
翌年、エゥーゴ対アクシズという形でハマーン戦争が勃発する。

 

 本来ならば、両者ともにスペースノイドの独立を目指していたはずであった。
つまり、ティターンズが敗北したことによってスペースノイドに勝利がもたらされたはずだったのだ。
しかし、ここへ来てザビ家の亡霊が甦った。
このハマーン戦争は1年戦争時のジオン公国軍と1年戦争末期に分裂した反地球連邦政府軍の戦いだったのである。
そして皮肉なことに、いつしか反地球連邦政府軍であったはずのエゥーゴは
元々の母体が地球連邦軍であったが故に、連邦政府から正式な『連邦軍』として承認され、
連邦政府のためにアクシズと戦うことになってゆくのだ。
最早、誰のための、何のための戦いであるのか、誰の目にもわからなくなっていった。
誰からも戦いの目的が忘れ去られていく行く中、アクシズは最終的に内部分裂で滅んだ。
ザビ家もまた一枚岩ではなかったということだ。
これは1年戦争時にも指摘されていたことであったが、
ザビ家の亡霊は一度滅んでも、それでもなおザビ家のままだったのだ。

 

 アクシズは破れ、戦いは終わった。
そして、体制は以前と何も変わることはなかった。
地球からの解放を求めた戦いは、ただいたずらに時と人の命を奪っていっただけだったのだ・・・。

 

U.C.0101年10月14日

 

最終章 スペースノイドの叛乱

 私は1年戦争から続くこの、スペースノイドの独立戦争を一人の連邦軍人として戦っていた。
当時の私にしてみれば、1年戦争は突然わが身に襲い掛かった災難であったし、
降りかかる火の粉は払わねばならなかった。
グリプス戦争にしてみても、当初は治安維持のためにエゥーゴの行動を阻止する必要があると思っていた。
だが、その途中からティターンズそのものが害悪であると感じた私は、
ティターンズに協力していた連邦軍部隊を脱走し、カラバへと走った。
そして同じように脱走した連邦軍人たちとともに協力し、ティターンズと戦ったのだ。
ハマーン戦争時には、私はほとんど何もすることがなかった。
いや、何もできなかったといった方が正しい。
エゥーゴとともに、『正式な連邦軍』として復帰した私は、連邦政府の方針ゆえに出撃できずにいた。
唯一、地球へのコロニー落下阻止という目的のため、
月の民間企業と協力して出撃したにはしたが、結局コロニーの落下を阻止することはできなかった。
最終的にアクシズは内部分裂で滅んだわけであるが、ちょうどこの頃からであった。
私が地球連邦政府そのものに対して疑問を抱くようになったのは。

 

 私が宇宙へと生活の場を移すようになって数年後のU.C.0093年。
三度、ジオンは甦った。
シャア・アズナブルを総帥とするネオ・ジオンは、アクシズを地球へと落下させ地球を死の星にしようというのだ。
スペースノイドに同情的であった私も、こればかりは止めないわけにはいかなかった。
私は、当時の上官と共にアクシズ落下阻止作戦へと参加し、
多くの同胞の命と引き換えにアクシズを地球落下軌道から逸らすことに成功した。
その犠牲になった人物のリストの中には、あのアムロ・レイ大尉の名前さえあった。
私とその当時の上官はほぼ同時期に退役したのだが、
そのときはもはやスペースノイドの叛乱は起こらないだろうと読んでいた。
なせなら、叛乱を起こすだけの戦力も、カリスマ性をもった人物も最早残っていなかったからだ。
だが、その予想は残念ながら外れていた。

 

 忘れもしないU.C.0099年9月3日。
その日、私はちょうどかつての上官と久方ぶりに会うために月を訪れていた。
そして事件は起きた。
俗に言う「ムーンクライシス」事件である。
月の全都市へ電力を供給できる唯一のシッガルト発電所の占拠に端を発したこの事件は、
単なるテロ事件では終わらなかった。
月の人口2億2千万人並びに全地球市民の存続の危機ですらあったのだ。
この戦いはネオ・ジオン並びにヌーベル・エゥーゴ共同軍によって引き起こされたのだが、
(ヌーベル・エゥーゴとは言っても旧エゥーゴとは全く異なる組織の過激派セクトである)
その背後にはまたしてもザビ家の亡霊が見え隠れしていた。
たとえ「スペースノイドのための戦い」という御旗を掲げていたとしても、 これでは単なる「スペースノイドの叛乱」に過ぎなかったのだ。
にも関わらず、あのジオン・ズム・ダイクンの嫡子、キャスバル・レム・ダイクンですら血塗られた道を歩み、
そしてまた新たな叛乱者が現れてしまったのだ。
この事件は幸いにして各連邦軍部隊の奮闘もあり、6時間という短時間にして鎮圧された。
そして翌年U.C.0100年、「ムーンクライシス」事件の責任を取る形でジオン共和国は自治権を放棄した。
これによって、地球連邦軍は戦乱の消滅を宣言した。
だが、私はこれを新たな戦いの幕開けだと捉えている。

 

 ジオン共和国の自治権の放棄をもって、体制は約40年ぶりに一つへとまとまった。
しかし、体制を一つにすることではコロニーと地球の間の問題を解決へと導くことはできない。
これは1年戦争以来の戦いの歴史を振り返ってみればわかるだろう。
今求められているのは、各コロニーと地球連邦政府との関係を対等なものであると明確化することである。
だがしかし、これまでのような幾多の人々の血を強いるような戦いだけは避けねばならない。
そのような戦いは、もうこれまでの戦いで終わりにすべきなのだ。
我々は以後、武力によらないコロニーの自治権確立のための戦いを始めねばならない。
全てのコロニーに対し、自治権が付与されるその日まで、我々の戦いに終わりはない。

 

U.C.0101年10月20日

 

あとがき

 祖父の資料の日付は、U.C.0101年のものになっていた。
にも関わらず、なぜその後20年以上もの月日を祖父のデスクの中で眠っていたのかがわからなかった。
私は全ての資料に目を通し、少し手を加えてつなげてやるだけで、
一つの論文、「終わりなき戦い〜スペースノイドの真の独立のために〜」が完成しただろうと思った。
そして現にそれだけでこの論文は成り立ったのだ。
だが、我が祖父はこれだけではまだ足りないと感じたのかもしれない。

 

 祖父の願いに反して、祖父がこの資料を書き上げた4年後のU.C.0105年、さらなるスペースノイドの叛乱が起きた。
反地球連邦組織「マフティー」による叛乱である。
この叛乱もまた、短期間で鎮圧されたわけであるが、
これはスペースノイドの武力による戦いが依然として終わっていないことを示していた。
そしてU.C.0120年になってもなお、旧ジオン公国軍の残党が火星で叛乱を起こし、
その2年後のU.C.0122年には旧ジオン公国軍を信奉するオールズモビルを名乗る集団が武装蜂起した。
さらに続けて、U.C.0123年にクロスボーン・バンガートによる叛乱が起きたことは記憶に新しい。
そのクロスボーン・バンガートもまた2つの勢力に分かれ、瓦解した。
一部の勢力が依然として健在であると言われるが、もはや大規模な軍事行動には出られないだろうというのが大方の読みだ。

 

 祖父は武力に寄らないスペースノイドの独立を願った。
だが、その願いに反してスペースノイドの叛乱は続いた。
これには、地球連邦政府そのものの態度にも問題があった。
当時の地球連邦政府を揶揄したこんな名言がある。

「地球連邦は冷めた料理を客に出す、マヌケな料理屋だ。」

出自は不明であるが、当時の連邦の姿勢をよく表した皮肉である。
それほど地球連邦は スペースノイドに対する歩み寄りを全くと言っていいほど見せなかったのである。
それゆえに祖父は絶望し、この原稿を奥へと仕舞いこんでしまったのかもしれない。
今となっては想像するほかはないが。

 

 しかし、私がこの原稿を目にしたとき、むしろこれを世間の目に触れさせなければならないと感じた。
たしかに、これまでの経緯を考えれば武力によらない戦いは絶望的かもしれない。
だからといって、誰もその戦いを続ける者がいなければ、それは現状を認めてしまうことになる。
それを今の人々に対して訴えなければならないのだ。
恐らく、祖父はこの原稿をどうすべきか、何度も悩んだのだろう。
資料には以降も何度も手を加えた跡があり、 また、関連する情報を死のそのときまで調べ続けていたのだ。
この原稿が以降の宇宙世紀史において、わずかでもスペースノイドの独立に貢献できれば、 これほどうれしいことはない。
祖父もこの宇宙の彼方でそのように思っていることだろう。

 

 本原稿の発行にあたって、祖父が生前より懇意にしていたベック出版の方々に多大なるご協力をいただいた。
M氏は祖父が私のハイスクールの卒業記念本を出そうとしていた際に声をかけてくれ、
そして祖父の死後も本原稿の編集に関して、様々なアドバイスをいただいた。
J氏は本原稿の編集の際の各資料、特に戦争資料の数々を紹介、解説してくださった。
祖父の分も含めて、両名に対し改めて感謝の気持ちを表したい。

 

U.C.0128年8月15日

 

原作:スウォード・ミヅキ

編著:ミズキ・ミヅキ

編集協力:M・トクシマ、J・ハヤシ(ベック出版)

※スウォード・ミヅキ

U.C.0058年生まれの地球出身。
生前は地球連邦軍人として1年戦争から始まる数々の戦いを生き抜いた。
第二次ネオ・ジオン抗争後に退役し、フリーライターとしての道を歩むようになる。
しかし残念ながら先日、U.C.0128年6月に急性心不全にて他界した。

 

※ミズキ・ミヅキ

U.C.0111年生まれのルナリアン。
若干17歳にしてこれだけの原稿をまとめ上げる力は祖父譲りであろう。
執筆活動に対して意欲的で、本原稿を皮切りにますます執筆に打ち込みたいと熱意を見せている。

 

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