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アクシズ落下阻止作戦回顧録

 

 U.C.0093年3月12日。
この日、地球はかつて経験したことのない未曾有の危機に瀕していた。
その1週間ほど前、シャア総帥率いるネオ・ジオンは5thルナを地球に落着させたばかりだった。
これにより、地球連邦本部の存在したチベットのラサは地図上からその姿を消した。(※1)
誰もが1年戦争時のシドニーを思い出したことだろう。
あるいは、年代によってはハマーン戦争時のダブリン、
この手の情報に精通している者ならば、U.C.0083年の北アメリカを思い返すかもしれない。(※2)
しかしながら、そのいずれもがコロニーという人工物の落着であった。
もちろん、その被害は大変甚大なものであったのだが、
それでも、地球そのものはまだ人を大地に縛り付けていることが可能であった。
だが、今回ばかりはそうもいかない。
先日、3月4日に落着した5thルナの落着は、既に『核の冬』の前兆を示していた。
大気圏にまで押し上げられた土砂は太陽光線を遮り、既に何日も太陽を観測できずにいた。
この上に、さらに5thルナを上回る質量を誇るアクシズを落とすとシャアは言うのだ。
そうなれば地球は完全に寒冷化し、『核の冬』が来る。
人類はもはや地球で暮らすことはできなくなるだろう。
一部の連邦政府高官はシャアとの交渉でこの危機を乗り切ろうとした。(※3)
だが、その交渉は逆に利用され、今まさにまんまとアクシズは地球に落着しようとしているのである。

 

 この緊急事態に対して、ブライト・ノア大佐率いる地球連邦軍独立外部部隊ロンド・ベルは
まさに自らの命を賭してアクシズの落下を阻止せんとしていた。
しかしながら彼らの尽力にも関わらず、ネオ・ジオンの作戦は最終段階を迎えてしまった。
なぜならば彼らロンド・ベル以外に、地球連邦宇宙軍は一切の軍事行動を行わなかったからだ。
各サイドに駐留する部隊は、自らが出撃するとコロニーが反乱を起こすという事態を恐れ、 艦隊を発進できずにいた。
地球からもっとも近い連邦の宇宙拠点ルナツーは、 ネオ・ジオン別働隊による奇襲攻撃によって壊滅的な被害を受けていた。
事実上、連邦宇宙軍で事態の対処に動いているのは、ロンド・ベル彼らのみだったのである。

 

 しかしながら全ての連邦軍がこの事態を看過していたわけではない。
3月4日の5thルナ落着後、『シャアの叛乱』がこれで終わらないと確信した アフリカ方面軍司令官スタンリー・ホーキンス少将は、
クラップ級軽巡洋艦(※4)を3隻都合し、
自らのエース部隊である“STAR”(Specialists for Terrorists' Attacks to Resist)を宇宙へと派遣した。(※5)
(本来はティターンズへの対抗部隊を意味していたが、U.C.0088年にティターンズの脅威は取り除かれたため、
 部隊名は連邦政府に敵対するテロリストへの対抗専門家集団へと正式に改名された。)
各部隊隊長機としてRGM-89 ジェガンを配備したが、
全ての隊員に回すだけの数はなく、部隊の主戦力はRGM-86R ジムIIIで構成された。
クラップ級軽巡洋艦3隻に対し、ジェガン6機、ジムIII12機が配備されていたのである。

「中佐・・・。本来ならば私自身が前線に立たねばならぬ事態なのだが・・・。」

「少将、我々はあの1年戦争から始まる10余年の戦争を戦い抜いた精鋭部隊、STARですよ。
 ましてや、宇宙では連邦軍最強との誉れ高いロンド・ベルが戦っているのです。
 彼らと我々が協力すれば、少将の手を煩わせずとも必ずやアクシズの落下を阻止できるでしょう!」

「うむ・・・中佐ならばやってくれると信じている。吉報を期待している。」

「STARの諸君、我々はかつてない任務に直面している。
 しかし、これまでのあらゆる局面を切り抜けてきた我々ならば、
 どんな困難な任務も達成できると私は確信している。
 諸君らの活躍に期待している!各MS隊隊長へ、最終確認を行う!
 マイク少佐、準備はいいか!?」

「OKでーす!愛機のジャクリーンちゃんのご機嫌も良好ですよ!これなら負けるはずありません!!」

「レオン少佐はどうか!?」

「全く問題ありません。すぐにでもこの新型を使いこなして見せますよ!」

「システムオールグリーン、各艦発進準備!大気圏離脱後、我々はロンド・ベル隊を援護する!」

このときスタンリー少将が出撃できなかった理由は、STARのメンバーを守るためにある。
それはネオ・ジオンの牙からではなく、同じ連邦軍、連邦政府から彼らを守るためである。
このときの地球連邦政府はかなりの混乱状態にあったとは言え、事態が沈静化した際、
STARのメンバーが独断で(スタンリー少将の命令があったとは言え)行動したことを 厳しく追及する可能性があった。
そこで、スタンリー少将はこれら一連の行動を 極秘裏に行うための工作に奔走しなければならなかったのである。
スタンリー少将ならびにSTARにとって幸いであったことは、
5thルナの落着によって地球連邦政府並びに地球連邦軍が
一つの部隊の動きを把握できる余裕などないほどに混乱していたことだった。
また事態の悪化に伴うにつれ、88艦隊のようなサイド2、サイド5に駐留していた宇宙軍も動き出し、
さらにはルナツーの深く内部で生き残った艦隊もが発進していた。
ロンド・ベルを援護し、アクシズの落下を阻止するという目的は、 各部隊が動く格好の大義名分として成立したのである。

 

 そのときの私は、サイド2から発進した連邦艦隊の内の1隻、 クラップ級軽巡洋艦『ツガル』に所属していた。(※6)
サイド2からの発進は、艦隊そして私たちMS隊を指揮する大佐が強く主張しての行動だった。
艦長を始めとした副官らはコロニーが暴動を起こす恐れがあると反対した。
だが、普段は寡黙な大佐がこのときばかりは頑として譲らず、吼えた。

「今オレたちが戦わなくて、何が連邦宇宙軍だ!
 オレたちは何のために軍をやっている!?
 安定した給料を得るためか!?
 そんな奴は今すぐ除隊しろ!オレが今すぐ許可してやる!!
 違うだろう?オレたちは宇宙の平和を守るために軍人をやっているはずだ。」

私には大佐の言わんとしていることがよくわかった。
大佐も、私も1年戦争から10余年あまりを戦い続けた兵士である。
今の私たちは、1年戦争時のジャブローのモグラ(※7)と呼ばれた将校たちと何一つ変わらなかった。
頑なに反対していたクルーたちは皆、大佐の意見を支持した。
それとほぼ同時であった。
まるで、何かに惹かれるかのように、ルナツー、サイド5から、そして大気圏を離脱しながらも
ロンド・ベルの援護に向かっている部隊が存在するという知らせが届いた。

 

 アクシズはもうすぐ手の届くかという距離に迫っていた。
我々は艦艇から発進し、ベースジャバーで直接、地球に接近するアクシズへ向かうこととなった。

「帰りのことは心配するな。きっと拾ってやる!」

『ツガル』艦長サーナン中佐は我々をそう激励した。
私はMSデッキにそびえるMSを見上げた。
正面の淡い緑色の機体が私の搭乗する機体、RGM-89 ジェガンであった。
その隣に、大佐用に設えられたMS、同じくジェガンが立っていた。
大佐の機体の肩は蒼く塗装され、トレードマークの稲妻が描かれていた。
これは、1年戦争時代についた大佐の渾名(※8)にあやかってのことだった。
もちろん、機体の塗装だけではなく機体性能そのものも若干チューンナップされていた。

「大佐はよく動く。」

それがメカニック、並びに私たちMSパイロットに共通の合言葉だった。
大佐の動きを最大限に引き出すため、機体の運動性能の向上、
ならびに機体の推進剤の増加、ジェネレータ出力の向上が盛り込まれた。
この機体は、言わば大佐専用機とも言うべきジェガンだった。

 

 大佐は大雑把に数えただけで1年戦争時に50機以上もの撃墜記録を残していた。
これは連邦軍内の記録でもかなりの高スコアであった。
テネス・A・ユング少佐149機、アムロ・レイ少尉142機、リド・ウォルフ少佐68機、
シャルル・キッシンガム中尉52機、これらの記録に次ぐスコアである。
しかも、驚いたことにこの50以上というスコアは戦争終結時のスコアではなく、
まだあと一月近く残した12月頃のスコアだったのである。
大佐が言うには、途中、正確に撃墜数を数えてくれるオペレータがいないなど、 数えることが面倒な任務ばかりだったのだと言う。(※9)
大佐は、1年戦争開戦直後には少尉であったが、終戦時には大尉だったかもしくは少佐にまで昇進していたというから恐れ入る。
このあたりは大佐自身もよく覚えていないと言っていた。
何しろ、自身の渾名にあやかるかのように、 あまりにも早い稲妻のような昇進を連続して遂げたのである。(※10)
その昇進した時期が曖昧になるのは仕方のないことだった。
ちなみに、1年戦争時における私のスコアはザクII4機、リックドム1機、ゲルググ1機の計6機である。
エースパイロットたちとは比ぶべくもないが、一般兵としてはそれなりのものだったと私は思う。

 

 私は1年戦争後、これまでの功績から中尉に昇進した。(※11)
しかし、そこからの私の人生はまさしく波乱に満ちていた。
私は戦争後、とある個人的なことを調べる過程で、機密事項に手を出した。
当時、諜報員としての職についており、また連邦政府高官の祖父を持つ私にとって、 機密事項はまさしく宝の山であった。
祖父の権力によって機密事項特別閲覧許可を手にしたまでは良かった。
その後の私はとある機密事項(※12)を、なんとか一般に公開しようと躍起になった。
その結果、見事に出世コースを外れた。
それどころか、ほぼ懲戒免職に等しい予備役への編入まで経験した。
しかし、その直後にグリプス戦争が勃発。
なし崩し的に私は戦場に駆り出された。
がむしゃらにグリプス戦争、ハマーン戦争を駆け抜けた私は、 30歳になって大尉に昇進することができた。
士官学校を出た同期は皆、佐官になっている頃だった。
そんな折だった。
私が、今の大佐の部隊に配属されたのは。
その大佐は、不思議な縁で私たちがお互いに20代の青年のときに、 トリアーエズに私を同乗させてくれた少尉殿だった。(※13)
私との年齢差はやや年上に過ぎない大佐だが、 私と大佐がたどった道程は、明らかに天と地ほどの差があった。
しかし、私はもはや昇進などに興味は無かった。
私がこれまでに得た最大の宝である妻と子供たちを守ることさえできれば・・・。
そんな思いで私は軍に残っていた。
そして、今がまさにそのときであった。
私は、大佐に先立ってカタパルトに自機を固定した。

「カジマ大佐、お先に行きます!」

「・・・発進直後、敵機に狙われる可能性がある。気をつけろ大尉。」

「了解!『リンゴ』を落とさずに収穫してみせますよ!(※14)
 ボッシュ少尉、サンダース中尉、後衛は任せるぞ!」

カタパルトデッキから勢いよく射出された私は、眼前で待ち構えるベースジャバーに飛び乗った。
私に続いて、大佐も射出された。
私たちの帰るべき母艦である『ツガル』以下3隻のクラップ級は、この大佐の指揮下にあった。
本来ならばこれだけの階級ともなれば、まず前線に出ることなどない。(※15)
しかし、大佐は後方で構えているよりもMSで出撃する方が性に合っていると笑った。
それで慌てたのがクラップ級の艦長たちである。
ならば、せめて真っ先に出撃するのだけは止めてくれと泣きついた。
大佐が真っ先に出撃して狙い撃ちにされてはたまらないというのが艦長たちの言い分だった。
私たちはもっともな主張だと思った。
だからこそ、大佐の次に出撃経験の多いサンダース中尉(※16)か、
(彼はたたき上げの軍人であった。下士官だったにも関わらず、戦績のみでのし上がってきたベテランだった。)
もしくは同じくサンダース中尉とほぼ同等の出撃経験を持つ私が最初に出撃することになった。
もう一人のボッシュ少尉は士官学校を出たばかりの新人だった。
よほど良い教官に恵まれたらしく(※17)、MSの操縦は基本に忠実で優秀だった。
まるで「お手本」のような機体操作をいつもしていた。
それだけに、我々ベテランにとっては「良い鴨」であった。
マニュアル通りの回避行動、マニュアル通りの攻撃行動は至極読みやすい。
それは生粋のベテランで構成されたネオ・ジオンにとっても同様のことが言えた。
それを克服するには、実戦形式の模擬戦を積み重ねることしかなかった。
しかし、この緊急時では「本当の戦い」が目の前にある。
実戦に勝る訓練は古来より存在しなかった。
当然のことながら、実戦には死が付きまとう。
ボッシュ少尉が生き残れるかどうか、それは彼自身に委ねられている。
もちろん、私たちもできる限りのフォローはするが、今回ばかりはそうも言ってられなかった。
なぜならば、私自身も生還できる保証は全くない任務に挑もうとしていたからである。

 

 『ツガル』から出撃した大佐以下6機のジェガン隊(※18)はアクシズを目指した。
また2隻のクラップ級からはジムIII12機も出撃し、我々を援護する予定だ。
損傷した場合はロンド・ベル隊のラー・カイラムに収容してもらえとの連絡が入った。
既にアクシズ付近での戦闘はほぼ終了していた。
ロンド・ベル隊の尽力によってアクシズの爆破に成功し、アクシズは2つに分かれた。
そのうち前部は地球落下軌道から逸れていった。
しかし、残る後ろ半分は地球落下軌道に乗ってしまった。
ネオ・ジオンは作戦目的を遂行したのである。
彼らは最早、アクシズ護衛のために戦う必要性はなかった。

「少尉、撃つな!」

途中、小隊編成のギラ・ドーガとすれ違った。
しかし、大佐は実戦経験の無いボッシュ少尉に忠告した。
もはや彼らを討ったところで、何の意味もない。
ただエネルギーを無駄使いするだけである。
それどころか、もはや無駄に命を奪う必要すらないのだ。
アクシズへと直行する私たちを見て、一度は銃を構えたギラ・ドーガ隊も私たちを撃つ事はなかった。
彼らもまた、ここで戦うことの無意味さをわかっていたのである。
彼らは既に任務を果たしたのだ。

「あれは・・・ロンド・ベルの白い機体か。」

落下するアクシズの先端に、たった1機のMSが取り付いていた。
そのときの誰もが、そのMSが何をしようとしているのかを悟っていた。
だが、その行動はあまりにも尋常ではなかった。
それはその場にいた誰もがわかっていたはずだった。
まともな感覚を持つ者ならば、冷静にこの戦局を分析できるものならば、 そのような尋常ではない行動をとろうとはしなかっただろう。
しかしながらそのときの誰一人とて、まともではなかった。
また、どんなに冷静な戦局眼を持っていようと、このときばかりは無意味だった。

 

『理屈ではない。』

 

まさしく、そんな想いがその場にいた全ての人々の心にあった。

 

「こちら88艦隊。これより我が艦隊のMS隊はアクシズに取り付く!」

「サイド2駐留部隊所属、『ツガル』以下18名のMS隊も加勢する!」

「こちらアフリカ方面軍所属MS部隊STAR、我々も後に続こう!」

「アフリカ方面軍、STAR・・・?」

大佐はその名に聞き覚えがあったという。
それは間違いではなかった。

「・・・まさかこんなところでまた『蒼い稲妻』の君と会うとは思ってもいなかった。
 むしろ君がここにいることは必然なのかもしれないな。
 いや、何も言わなくてもいい。お互い、地球を救うために全力を尽くそう!」

「・・・・・・。」

それは歴戦のMSパイロット同士の会話だったのかもしれない。
だが、私にはそれに気づくだけの余裕はなかった。
私がSTARの指揮官を務めていたレイヤー中佐について知るのは、
この戦いが終わってから3年近くが経過してのことだった。

 

 アクシズは刻一刻と地球へと落下を続けていた。
その先端で、アクシズの軌道を逸らそうと数多くのMSが取り付いた。
まるで、ロンド・ベルの白い機体に吸い寄せられているように私には見えた。

「やめてくれ、こんなことに付き合う必要はない!下がれ、来るんじゃない!」

白い機体のパイロット、つまりあの1年戦争の英雄と謳われたアムロ・レイ大尉の声は こんな声だったのか、と私は思った。
TVのインタビューはもちろん見たことがある。
しかしながら、通信を通しての声とは言え、生の声には優しさがあるような気がした。

「ロンド・ベルだけにいい思いはさせませんよ!」

アクシズに取り付いた一人のジムIIIパイロットは言った。

「しかし、その機体じゃ・・・。」

ふと目を向ければ、そこには先程お互いが銃を収め、お互いを見逃したギラ・ドーガ隊もいた。
ネオ・ジオンとしての任務を達成した彼らもまた、 人としてこの地球を救おうとの想いがあったのだと私は思う。

「ギラ・ドーガまで・・・。無理だよ・・・、みんな下がれ!!」

「地球が駄目になるかならないかなんだ。やってみる価値はありますぜ!」

「しかし、爆装している機体だってある!」

そのとき、1機のMSが爆発した。

「駄目だ、摩擦熱とオーバーロードで自爆するだけだぞ!」

ギラ・ドーガの1機が閃光となった。
続けて、友軍のジェガンも爆発する。
激しい振動に見舞われる中、また1機、ギラ・ドーガが風圧で吹き飛ばされようとしていた。
そのとき、私のコックピットの傍らのモニタで、大佐が手を伸ばすのが見えた。
後に大佐が言うにはとっさの行動だったという。
今にも飛ばされそうなギラ・ドーガの腕を掴み、大佐はなおもアクシズを押し続ける。
しかし、その腕を長い間支えていることはできなかった。
大佐のジェガンの腕から離れたギラ・ドーガは アクシズの表面をなぞるように跳ねながら後方へと飛んでいった。
それを見て大佐は言う。

「ボッシュ少尉、お前だけでも帰投しろ。」

「なぜですか!?私も大佐の部下です!まだやれます!!」

少尉は大佐の言葉を足手まといであると受け取った。
しかし、それは逆だった。
少尉には才能があるからこそ、後の世のために生き残って欲しかった。
このままアクシズに取り付いていることは、ほぼ間違いなく死ぬことを意味していたのだ。
ボッシュ少尉は、命を賭けるにはまだ若かった。

「少尉、大佐のありがたいお言葉が聞けないのか?」

私は少尉をからかうように言った。

「大尉!」

「少尉、お前はまだ若いんだ。死に急ぐことはない。
 大佐や大尉、オレはそれなりに充実した人生を送ってきた。
 お前にはまだ未来がある、大佐はそう言ってるんだ。」

サンダース中尉は諭すように言った。
1年戦争以来現役を務めてきた我々は、もはや30の半ばになっていた。
少尉と私たちには10年余りもの開きがある。
私たち全員の思いとして、少尉にはまだ生きてほしかった。

「大佐・・・、私は士官学校の教官から『絶対に生きて帰れ』との訓示を受けました。
 しかし、大佐たちを見捨てて逃げ帰るような真似はできません!」

「だめだ。これは命令だ。」

「大佐・・・、く、うわぁぁ!!」

 おしゃべりに夢中になりすぎたのか、それともアクシズから伝わる振動が急激に増したのか、
ボッシュ少尉の機体は振動に耐え切れずに吹き飛ばされていった。

「お前達もここを離れろ。」

大佐は私たちにも言った。しかし、私たちは当然離れるつもりはなかった。

「大佐、それは『命令』ですか?」

「・・・そうだ。」

「その命令は聞けません。」

中尉はきっぱりと固辞した。

「1年戦争時の上官から、仲間を見捨てて逃げるということは教わっておりませんので。」

中尉の説得は無理だと悟った大佐は、再度私に通信してくる。

「・・・・・・大尉、お前には妻子があるだろう?」

「それは大佐も同じことでしょう?たとえ大佐が命令しても、私は『命令違反』を犯しますよ。」

「おや?大尉はなんでまた?ようやく佐官への道が開けそうだったんじゃないんですか?」

私をからかうように中尉が通信に割り込んでくる。
結局のところ、私も中尉も大佐を残して離れるつもりなど毛頭になかったのだ。

「もう軍にはうんざりしてね・・・。辞める機会を探ってたのさ。今回の命令違反はちょうどいいだろう?」

「軍を辞めたあと、どうされるつもりですか?」

「・・・知り合いの女性に凄腕のジャーナリストがいてね。彼女を頼ってジャーナリストにでもなるさ。」

生き残れるという保証はなかった。
しかし、私たちはむざむざ死ぬつもりもなかった。
任務を完遂し、その上で生き残るための最大限の努力はする。
その結果が殉職ならばそれも仕方ない。
いつ爆発するかわからない機体の中で、私たちは『未来』を夢見た。

「・・・お前達は最後の最後で上官に恵まれなかったな。」

大佐は皮肉のように言った。

「大佐は私の中でもっとも尊敬する上官ですよ?」

私は笑いながら大佐に返す。

「大尉、よほど上官に恵まれなかったんですね。」

「全くだ。」

つられて大佐と中尉も笑った。
あと数秒後に死ぬかもしれないというのに、私たちは笑っていた。
周りの友軍たちには、気が触れたのではないかと心配をかけたのかもしれない。
いや、そんな余裕すらなかったのが実状だろう。
また1機、友軍機が宇宙の塵となった。

「もういいんだ、みんなやめろぉ!!」

それは悲痛な叫びと呼ぶべきだったのかもしれない。
アクシズに取り付く全てのパイロットは、その声を聞いた。
その直後の出来事だった。

「離れろぉ、ぐ・・・ガンダムの力は!!」

白い機体を中心としてオーロラのような蒼と碧の光のベールがアクシズを覆っていった。
それと同時に、アクシズに取り付いていたMSは一つ残らず吹き飛ばされていった。
いや、ただ1機、あの白い機体だけが残されていた。
私たちはあの白い機体によって吹き飛ばされたのか?
考えようによってはそう捉えることもできた。
このときの現象を 科学的、物理学的に捉えることもできたろう。
大気の上層と接触したアクシズから伝わる振動は、ますます激しいものとなっていた。
しかし、私たちがアクシズに取り付いたそのときから、そんなものは捨て去っていた。
科学や物理ではアクシズは地球に落ちると予言したのである。
私たちはその予言に逆おうとしていたのだから。
だから私は思う。

 

『私たちはあの白い機体に助けられたのだ。』

 

 宙に浮かぶジェガンの中で、私はアクシズが地球落下軌道から逸れていくのを確認した。
そのときの私は、科学や物理に対して「ざまぁみろ!」と思う傍ら、 アクシズが放つ光の輝きに心を奪われていた。
あれは、人の想いが具現化した光なのか・・・。
ふと気が付くと、目の前が滲んでいた。

 

 任務を果たした私は、帰投中に宇宙を漂うボッシュ少尉のジェガンを発見した。
彼もまた無事であったようだ。
ただ、先程からうわ言のようにつぶやいているのが気になった。(※19)

「ガンダムの力・・・、ガンダムの光・・・。」

 

 私たちは幸いなことにラー・カイラムの世話になるほど損傷はしていなかった。
途中、大佐と中尉とも合流し、無事に我らが母艦『ツガル』へと帰還した。
この任務で、ジェガン2機、ジムIII4機のパイロットが帰らぬ人となった。
このような被害は、最近の軍事作戦ではグリプス戦争以来のことだった・・・。(※20)

 

 サイド2に帰りついた私たちを待っていたのは、大佐の軍事法廷への出廷命令だった。
法廷で審議されたのは、コロニー住民の暴動の可能性を知りながら、サイド2の駐留部隊を動かしたこと、
また、アクシズの落下が決定的になったにも関わらず、撤退しなかったことに対するものだった。
しかし、これは表向きの理由であった。
私たちはアクシズ落下阻止というあまりにも大きな任務を達成した。
しかし、その代償として6名のパイロット、並びに最新機2機を含む6機のMSを失った。
(お偉方には、人命よりもMSの方が問題だったらしい。)
この責任を取る人物が必要だったのだ。
そして、大佐は出世コースの陣地争いを続ける将校たちの人柱とされたのだ。
理由などはなんでも良かった。
ただ、彼らの身代わりとなる人物が必要だったのである。
大佐自身もまた、上官に恵まれなかった軍人の一人だったのだ。

 

  大佐は予備役へと編入された。
かつて、私自身が経験した処分だった。
そして翌年、大佐は軍を退役した。
大佐との別れ際、私は言った。

「隠居暮らしも捨てたものではないですよ。」

「・・・あぁ、ゆっくりさせてもらうよ。もう戦いの日々にはうんざりさ。」

「大佐・・・これからどうされるつもりで?」

「・・・ふ、もう大佐じゃないさ。元大佐だ。そうだな・・・、知り合いのパン屋にでも行ってみるか。」(※21)

私はなんですかそれ、と笑った。

「あとは任せた、『少佐』。」

そう言い残すと、元大佐は私に背を向け風に吹かれながら去っていった。
私の軍人生活の中で唯一の良識的な上官は、こうして私の前から姿を消した。

 

 全く皮肉なものだった。
私やサンダース中尉の取った『命令違反』は全て不問に付された。
全ての責任は我々の上官、カジマ大佐にあるとされたのだ。
責任逃れの人柱さえ立ててしまえば、あとの兵士たちを処分する必要はなかった。
必要以上に処分する対象を増やすことは、お偉方にとっては面倒な仕事が増えることでしかなかったのだ。
結果、大佐だけが予備役に編入という処分を受けた。
代わりに、前線のMS指揮官として私が指名された。
一階級昇進というオマケ付きで。
また『ツガル』を含めた3隻のクラップ級の部隊の指揮は、 同じく昇進を果たした『ツガル』艦長サーナン大佐が取ることとなった。
このときになって、ついに私は、かつては念願だった佐官の仲間入りを果たしたのである。
しかしながら、このような形での昇進は何一つとしてうれしいことはなかった。
私などよりも、よほど優秀なカジマ大佐がいた方が部隊にとっても軍にとっても良かったはずだ。
何より、私は近いうちに軍を退役するつもりでいるのだ。
連邦軍には、本当にろくな目をもった上層部がいないと私は嘆いた。

 

 だが、まともな目を持った将校は存在した。
それがアフリカ方面軍司令官、スタンリー・ホーキンス少将だった。
案の定、事態が沈静化すると今回の一件を問い詰める将校や佐官が現れた。
彼らはスタンリー少将のポストを狙っていたのである。
何かスタンリー少将のスキャンダルはないか、といつも探っていた。
そこへ今回のSTAR派遣である。
彼らは嬉々としてこれを槍玉に挙げた。
どう戦況を考えても、スタンリー少将に非はなかった。
それはアクシズが落下しなかったという結果から見ても充分にわかる。
また、地球連邦市民はスタンリー少将を支持した。
たとえ軍事法廷にてスタンリー少将を処分したとしても、 逆に地球連邦市民からの反感を招くだけだった。
出世を願う彼らにとってはあってはならないことだった。
しかし100%勝てる勝負にも関わらず、少将は自ら身を退いた。
少将はアフリカ方面軍司令官という地位を譲り渡し、閑職に就いた。
そして同時にSTARの戦闘行動における役割の終了を宣言した。
『シャアの叛乱』の鎮圧をもって、以後大規模なテロ活動はないと判断し、
万が一起こったとしても通常の軍隊で処理できると言うのである。
そしてSTARは各地の復旧のために尽力すると発表した。
これは、STARのメンバーに少将を巡る地位争いの余波を与えないための処置だった。
少将は地位を譲り渡す代わりに、STARのメンバーに一切の手を出さないことを確約させたのである。
STARのメンバーは誰一人被害を受けることなく、今も各地で復旧活動に従事している。
そして皮肉なことに、今回の一件を踏まえた上でスタンリー少将は後に中将に昇進した。
これまで、少将が人知れず平和のために尽力してきた功績が認められたのである。

 

 こうして、激動のU.C.0093年の3月は過ぎ去っていった・・・。

 

 それから程なくして1年が過ぎた。
私は、カジマ大佐が退役したのとほぼ同時期に軍を退役した。
1年戦争から始まった『ジオン独立戦争』は、これで完全に幕を閉じたことになるだろう。
私はそう考えた。
アクシズ落下阻止作戦の際は、命など惜しくないと考えてはいたが、
いざ生き長らえてみると、今はこうして生きていることに感謝している。
その代わりに犠牲となった人々への感謝ももちろん忘れてはいない。
同じ部隊だった6名の戦死にも心を痛めたが、
昨年の9月に、あのアムロ大尉の捜索が打ち切られたと発表されたときにはさらに心を痛めた。
なぜなら、私たちは彼によって『助けられた』のだから。
アムロ大尉は、アクシズに取り付いたまま地球落下軌道から逸らし、 そして自身はアクシズとともに宇宙の闇へと消えた。
その後、軍がアムロ大尉の捜索に乗り出したのだが、大尉を見つけることはできなかったのだ。

 

 時代は大きく変わろうとしていた。
U.C.0079年の1年戦争から、先日のシャアの叛乱までの10余年。
それはあまりにも激動の時代だった。
あるジオン公国軍将校は言ったという。

「ジオンはあと10年は戦える。」

その言葉通り、いやそれ以上にジオンの名を継ぐ者たちは戦い続けた。
そこには、アースノイドとスペースノイドという二者の対立が根強くあった。
かつて、ある博士はニュータイプとオールドタイプが対立する時代が来るという説を述べた。(※22)
だが、実際に起こったのはニュータイプとオールドタイプの対立ではなく、 地球に住む者と宇宙に住む者の対立であった。
それに気づいた一部の者たちは、今連邦そのものを少しずつ変えようとしている。
軍内でも、かつては数少なかった良識派の将校たちが盛り返している。
私たちは、そう遠くない未来にアースノイドもスペースノイドもない、
地球圏に住む者という意識を確立できるようになるのかもしれない。
いや、そうなってほしいと私は願うのだ。

 

 軍を退役した私は、知り合いの女性ジャーナリストを頼ってジャーナリストとなった。
元々、好奇心が強い方だった。
そして、現役時代には諜報員という役職で過ごしたこともあった。
少なからず、ジャーナリストとは遠くない場所に私は身を置いていたのだった。
ジャーナリストとなった私は、かつて軍人時代に書き溜めたエッセイ、手記、論文等の整理に励んだ。
私の文章がこれからの連邦を、そして時代を変えるきっかけになればとの願いからだ。
私の人生の中で2つほど、一般に公表を許されなかった論文がある。(※23)
しかし、この2つの論文も近々公開を許可されることになりそうだ。

 

 そしてさらに3年が過ぎた。
私の祖父は未だに政界にいた。
だが、もはや往年の力は持ってはいなかった。
そろそろ完全に引退のときを迎えようとしていた。
思い返せば、私は祖父に散々世話になった。
軍人時代、出世コースを外れたとは言えクビにならなかったのは、 他でもない祖父の尽力(世間では根回しという)があったからだ。
私はそれほどの危ない橋を渡っていたのだ。
父は先日還暦を迎えていた。
だが、相変わらず連邦の開発部門で働いていた。
父はいつも口癖のように言った。

「クラップ級のような傑作艦が生まれたのは、父さんたち技術者の尽力があったからだ!」

たしかに、これまでの連邦の主戦力であったサラミス級と比べれば、 MSの運用を前提としているだけあって使い勝手は良かった。
また、火力や航行距離も比べ物にならなかった。
私の母艦であった『ツガル』のようなクラップ級が多数あったからこそ、
私たち連邦宇宙軍はロンド・ベルの援護にギリギリのところで間に合ったのだ。
母はサイド6にてゆったりとした暮らしを送っていた。
祖父の権限で地球での居住権を得ていた母であったが、
地球に住んでいては宇宙のことを忘れてしまうからと数年前にここへ引っ越してきた。
私は軍に入ってからというもの両親の元を離れていたし、 父は父で軍の研究施設に入り浸りだった。
母は一人暮らしを謳歌するほどののんびり屋ではなく、 近所の人々や子供たちを集めては何かの教室を開いていた。
ここ10余年は激動の時代だったにも関わらず、我が家系はマイペースだった。

 

 私は実に充実した生活を送っていた。
ジャーナリストというよりもエッセイストという方が正しかったのかもしれない。
1年戦争時代からシャアの叛乱までを戦い抜いた元軍人の手記は、 一般には珍しいらしくそれなりの売上があった。
何かを書き上げては、また当時のことを思い出しながら新たな作品とにらみ合う日々である。
おかげさまで、妻と子供たちを含めた家族4人は路頭に迷わずに済んでいる。
前述した2つの論文も無事に公開することができた。
私がこの論文をどうしても公開したかったもう一つの理由に、カジマ大佐とのつながりがあった。
私はカジマ大佐とは開戦前のトリアーエズで一緒になって以来、幾度か縁があった。
ただ、それ以降私が『ツガル』に配属されるまで、お互いの存在に気づかないでいた。
私は論文を書き上げた際にカジマ大佐の名を知ったのだが、 まさか彼が私の上官になるとは思ってもいなかった。
そしてカジマ大佐は私が今まで出会った上官の中でも唯一の良識的軍人だった。
あの2つの論文には、カジマ大佐に対するせめてものお礼の意味も込められているのだ。

 

 思い返せば、あのアクシズ落下阻止作戦から既に4年が経過した。
私も、来年にはいよいよ40代に足を踏み入れようとしている。
だが、今の私は意欲に溢れている。
それは、私がそれほど情熱的な軍人時代を送っていたことの証明なのかもしれない。
カジマ大佐も言っていた。

「あのとき(アクシズ落下阻止作戦時)のオレを突き動かしていたのは、かつて青年であったときの感情に酷似していた。」

なぜかはわからない。
しかし、あのとき私たちは青年時代の情熱が甦っていたのだ。
そして、今なお私はそれが衰えていないのだ。
後の世に伝えよ。
そのようにこれまでの戦いで散っていった仲間たちの魂が呼びかけているのかもしれない。
あの普段寡黙で人に自らのことを話す性格ではなかったカジマ大佐ですら、 1冊だけ自伝ともいうべき本を出していた。
恐らく、出版社からの強い要望もあったのだろう。
・・・そう言えば、執拗にカジマ大佐について聞きたがっていたのは、
私をジャーナリスト、いやエッセイストへと導いてくれた彼女、ジェシカ・ドーウェンだった。
彼女が大佐にその話を持ちかけたのかもしれない。
やれやれ・・・。
私は大佐に恩を返すどころか、却って迷惑をかけてしまったのかもしれない。
とは言うものの、私自身も大佐の口から語られる過去には興味があった。
だからこそ、私はその自伝をすぐさま取り寄せた。
いかにもカジマ大佐らしいタイトルだと私は感じた。
そのタイトルとは・・・。

 

 

 

『THE BLUE DESTINY -蒼き運命-』

 

 

 

U.C.0097年6月17日

アクシズ落下阻止作戦に参加した一人の元連邦軍人として

スウォード・ミヅキ

 

※スウォード・ミヅキ

U.C.0058年生まれの地球出身。
1年戦争開戦時より参戦していた古参のベテラン兵である。
当時は諜報員としての役割が多かったが、グリプス戦争以降はMSパイロットとして活躍した。
U.C.0093年のシャアの反乱ではアクシズ落下阻止作戦にRGM-89 ジェガンで参加していた。
その翌年、軍を退役した彼は知り合いのジャーナリストを通じて出版の道へ入る。
当初彼はジャーナリストを名乗っていたが、 実際にやっている内容はエッセイストのそれであったと後に訂正している。
代表的な著作に『EXAMとは?』『EXAMシステムに関する考察』『ホワイト・ディンゴ隊のその後は?』等がある。
もっとも尊敬している人物は?との問いにユウ・カジマ元大佐を挙げている。

 

なお、本原稿はU.C.0097年にBマルチメディア社より出版されたものに、
後年(U.C.0130年)になって新たに判明していた事実の注釈を加え改訂されたものである。
注釈等の編集には、彼の孫にあたるミズキ・ミヅキ嬢にご協力いただいた。

 

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