届かなかった終戦の知らせ

 

 U.C.0079年1月3日より始まった人類の総人口の半数を失った後に1年戦争と呼ばれる未曾有の戦争は、
翌年のU.C.0080年1月1日、グラナダにて締結された終戦協定によってようやく終わりを告げた。
その前日はジオン公国軍の宇宙要塞ア・バオア・クーにおいて
連邦、ジオン双方による総力戦が展開され、勝利した連邦にとってもギリギリの勝利であった。
ジオン公国軍はオデッサの敗戦以来、戦力を宇宙へと集結させており、
また、反撃に打って出た連邦もまた同様に戦力を宇宙へと集結させていた。
このため、宇宙空間においてこの終戦協定は即時に伝わり、ジオン公国軍の速やかな武装解除へとつながった。
もっとも、この終戦協定を良しとしない一部のジオン公国軍兵士たちは
アクシズや暗礁空域といった地点にて一時なりを潜め、再起のときを待つこととなる。

 U.C.0080年1月1日に締結された終戦協定によって1年戦争は終わりを告げたはずであった。
しかし、それは終戦の知らせがスムーズに伝えられた宇宙での話である。
祖国サイド3への帰還ではなく、飽くまで地球連邦への抵抗活動を行うために、
地球に留まったジオン公国軍の中には、この終戦協定を連邦のプロパガンダと判断する者さえいた。
そう、地球上においてU.C.0080年1月1日には、未だ彼らの1年戦争は続行していたのである。

 1週間戦争と呼ばれる人類の半数を死に至らしめた暗黒の1週間が存在する。
この際に決行されたコロニー落としによって、地球は大きな災難に見舞われた。
また、このコロニーのシリンダー部分が直撃したオーストラリア大陸においては、
その影響は計り知れないもので、復興までには長い時間がかかると誰しもが指摘した。
だが、この1年戦争最大の被害地においても戦闘は行われていた。
旧西暦時代から、この地域一帯は鉱物資源に恵まれていた。
このため、ジオン公国軍は第三次降下作戦において、このオーストラリアをも標的としたのである。
コロニー落としによって各部の連携をズタズタにされていた連邦には為す術がなかった。
ジオン公国軍の電撃的な侵攻によって、オーストラリア大陸の3分の2を占拠されてしまったのである。
連邦軍は特に軍事的価値の大きくない、オーストラリア南西部にまで軍司令部を退かざるを得なくなる。

 開戦から11ヵ月。
連邦のMS開発の成功により、オーストラリア大陸における反攻作戦が開始された。
オーストラリア方面軍司令部、MS部隊等に優秀な人材が集っていただけあり、 反攻作戦は電撃的に進行することになる。
反攻作戦開始から約1ヶ月後には、オーストラリア大陸の北東部を除き、 ほぼ全て軍事拠点の奪還に成功していた。
このとき、U.C.0080年1月1日のことであった。
本来であれば終戦の知らせが軍司令部にも届いていたはずである。
しかし、連邦軍は進撃を止めなかった。
結果、オーストラリア大陸における連邦軍による戦闘停止は、翌1月2日となったのである。

 なぜこのようなことになったのか。
これには、3つの可能性が挙げられる。
1つに、オーストラリア方面軍によるオーストラリア大陸奪還が完了間際であったこと。
連邦軍の中には、オデッサ作戦によってミリタリーバランスが連邦に大きく傾いて以来、
ジオン公国軍との戦闘を点数稼ぎとする将官・士官が現れ始めた。
このため、軍事作戦による勝利は一つでも多い方が自身の昇進に都合が良かったのである。
つまり、終戦協定は軍司令部に届いていたものの、それを司令部が無視したという可能性である。

2つに、グラナダからの終戦の通知が、何らかの通信障害によって オーストラリア軍司令部に伝わらなかった可能性である。
当時、連邦の宇宙戦力の大半がア・バオア・クー近海に集結しており、 地球上空に存在する艦隊はごく少数であった。
恐らく、地球上への終戦の通知はグラナダからこの艦隊を経由して伝えられたものと考えられるが、
ミノフスキー粒子等によって通信が遮断されていた、
もしくはオーストラリア上空に通信を受信できる衛星、艦隊が存在しなかったのではないかという可能性である。

3つに、終戦協定を連邦の流したデマと考えたジオン公国軍が執拗な抵抗を続けた可能性である。
つまり、連邦側には終戦の通知が届いており、なおかつ軍司令部も終戦の意思を受け入れていた。
にも関わらず、幾度も投降を呼びかけようとジオン公国軍は抵抗をやめようとしない。
やむを得ず、敵部隊を殲滅する以外に方法がなく、そのために戦闘停止が遅れてしまった可能性である。

 終戦後、これらの可能性を検討してみたが、どうもはっきりとしない。
しかし、ジオン公国軍の中には連邦に対する抵抗を続けるためにアフリカ方面に脱出した部隊が存在し、
戦後、連邦が抱える悩みの種となっていることは事実である。
先日、元オーストラリア方面軍司令官であった大佐が、 アフリカ方面に存在するジオン軍残党対策のため、アフリカへと異動した。
人事の発表によると、ジオン残党狩りに意欲を見せた優秀な佐官を アフリカ方面の治安安定のために派遣するということであった。
階級も大佐から少将へと昇進しており、これを栄転だと称える者もいたが、 私にはどうも裏があるように思えてならない。

 もう一つ、こんなニュースがある。
ジオンによるジャブロー降下作戦の際、連邦のホームグラウンドにも関わらず、
やりたい放題に暴れ回ったジオン軍の特殊部隊が存在した。
何やら神話上の動物の名前が部隊名につけられていたような記憶があるが、定かではない。
その部隊が、未だにアフリカ方面で抵抗を続けているというのである。
このニュースを受けて、まだ若い士官がアフリカ方面に派遣されることが決定したという。
なんでもこの士官はそのジオン特殊部隊と因縁めいた関係にあるらしく、
彼ならばジオン特殊部隊を説得できるのではないかというのである。
もっとも、これは上層部の意向なのか、
それともその青年が志願したことであるのか、私の知るところではない。
なぜなら、私はただの一諜報員に過ぎないからである。
情報こそ入ってくるが、私には別の仕事が待ち構えていた。
1年戦争における地球生態系の影響、気候変動の調査、コロニー落としによる津波被害の確認等々、
それこそやることは湯水の如く存在するのである。
この忙しさの中、アフリカに異動した将官殿や士官殿の個人的な情報を集めている暇などない。
(ウワサとしては幾らでも入ってくるにはくるが)

 何にせよ、『1年戦争』は終わったのだ。
その後の処理のどうこうを一兵士に過ぎない私が口を出すわけにはいくまい。
ならば、私は平和になった今できることを一つ一つ片付けていくことしかないのだ。
本心を言えば、暗礁空域、アフリカ方面へ脱出した旧ジオン公国軍の彼らが 大人しくしていてくれるとは思ってもいない。
だが、それに関して私にできることは何一つない。
ただ、この平和が仮初のものではなく、少しでも長く続いてくれることを祈ることしか出来ないのだ。

 

U.C.0080年4月11日

地球連邦軍諜報部所属、スウォード・ミヅキ中尉

 

※スウォード・ミヅキ中尉、U.C.0058年生まれの地球出身。
士官学校卒業後、持ち前の情報収集能力の高さから諜報部に配属となる。
開戦前にMS開発の必要性を訴えていた経緯から、 諜報員としての役割とMSパイロットとしての役割を兼任している。
1年戦争後、戦中の諜報員として、MSパイロットとしての両面の働きが評価され中尉に昇進。
本稿は、戦後彼が書き記していた手記から抜粋したものである。

 

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