×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

ミヅキ中尉とは?(第1次ネオ・ジオン抗争勃発〜第2次ネオ・ジオン抗争終結)

 

 U.C.0088年4月5日をもってグリプス戦争は終結した。
しかし、グリプス戦争が終結する以前に、既に次なる戦いはその幕を上げていたのである。
同年2月22日に行われたエゥーゴ、ティターンズ、アクシズによる三つ巴の艦隊戦から1週間後、
U.C.0088年2月29日、アクシズはジオン再興を宣言。
ネオ・ジオンを標榜し、各サイドに制圧部隊を派遣した。
第1次ネオ・ジオン抗争(ハマーン戦争)の勃発である。
とは言え、このときの主戦場は宇宙であり、またエゥーゴも疲弊していたこともあって実際に行われた戦闘はわずかであった。
このときの地球の情勢は、ネオ・ジオンと呼応する形で旧ジオン公国軍残党の活動が活発化していたが、
それはアフリカやアジアなどの限られた地域においてであった。

 

 グリプス戦争による混乱が収まった頃、ミヅキ中尉は畳み込むように起こった私事を済ませると、
前線から遠ざかり、後方にて連邦軍並びに民間の新型MSのテストパイロットと新人の教育を担当することとなった。
このとき、ミヅキ中尉は大尉へと昇進した。
少尉として 任官し1年戦争を経て、約1年で中尉になったときのスピード昇進と比べ、
今度の昇進には10年近くの時を経ることとなった。
1年戦争等の数々の戦いで上層部の人間が数多く失われたこともあり、
ミヅキ大尉の士官学校の同期は皆、佐官となっている頃合であった。

「もっともこの同期と比べてはるかに遅い昇進も自業自得というものだった。
 本来ならば私は軍にはいないはずの人間なのだ。
 その人間が、まさか昇進できただけでも良しとすべきだろう。
 たしかに、尉官と佐官では待遇が全く違う。
 私が新たに得た共に歩くべき人のためには、佐官であった方がずっと楽をさせてあげられるだろう。
 しかし、それは無理な願いなのだ。
 少しばかり、己の若さゆえの過ちを疎ましく思う。
 しかし、あのとき取った行動は今も決して間違ってはいなかったものと信じている。
 だから、それでいいのだ。」

 

 第1次ネオ・ジオン抗争勃発当初、ミヅキ大尉は地球上にてRGM-86R ジムIIIのテストに貢献していたが、
やがて量産化が確定すると新たな機体の開発テストのため、月基地へと異動になる。
ここでミヅキ大尉は次期量産型MS開発に協力することとなった。
戦場はやがて地球上へも広がり、エゥーゴやカラバが応戦するものの苦戦を強いられていた。
唯一、エゥーゴのガンダムチームと呼ばれる部隊のみが奮戦し、気を吐いていたものの、
地球連邦政府はネオ・ジオンにサイド3を譲渡する姿勢を見せるという弱腰外交を展開する。
そんな中、事件は起きた。
U.C.0088年10月28日。
エンドラIIを旗艦とするネオ・ジオン部隊はサイド4のコロニー1基を占拠。
そのまま地球へのコロニー落としを図ったのである。
にも関わらず、地球連邦政府はこれに対抗する策を持たず、また現地での避難勧告すら出さないという有様であった。
そこで月基地ならびに民間企業が協力し、サラミス級軽巡洋艦2隻(「ツルガ」、並びに「ツシマ」)、
次期量産型MS試作機2機(正式な開発コードは不明だが、恐らくRGM-89 ジェガンの前身に当たる機体だと思われる)、
並びにRGM-86R ジムIIIを4機、出撃させた。
このときミヅキ大尉は1隻のサラミス級軽巡洋艦「ツルガ」のMS隊隊長に任命され、
もう1隻のサラミス「ツシマ」のMS隊隊長を務めることとなったジャック・ベアード大尉と共に落下するコロニーへと向かった。
次期量産型MS試作機はRGM-86R ジムVよりも高性能であったものの、試作機であったが故に不安定であった。
そんな機体にも関わらず、ベアード大尉との綿密な連携でエンドラIIを強襲する。
(ベアード大尉もまた1年戦争以来の生粋の軍人であり、エゥーゴ内でも非常に優秀な人物であった。)
しかしながら、エンドラIIのMS部隊は頑強であり、2日間に渡る奮戦も空しくコロニーは阻止限界点を突破してしまう。
せめてこの事態を知らせるだけでもと、カラバの代表にこの事態を通達する。
落下予定地点のダブリンではカラバが救助活動に尽力したものの、
この際、カラバの中心人物であったハヤト・コバヤシは戦死し、またカラバの部隊そのものも大きな損害を受けることとなった。

 

 結果として、コロニー落下阻止作戦は失敗。
U.C.0088年10月31日にコロニーはダブリンへと落着した。
しかし、作戦は失敗に終わったものの、次期量産型MS試作機の実戦投入により貴重なデータを得ることができた。
後にミヅキ大尉並びにベアード大尉のデータを目にした連邦政府高官ジョン・バウアーは
この次期量産型MS試作機を高く評価し、改良を加えた後にRGM-89 ジェガンとして量産を強行することとなる。

「全てが後手に回っていた。
 決して、我々はネオ・ジオンを過小評価していたわけではない。
 しかし、エンドラIIの部隊はあまりにも強力だった。
 そもそも数の論理で戦うように設計されたGMシリーズが4機、そして不安定な試作機2機と旧式の巡洋艦2隻。
 たったこれだけでコロニーの落下を阻止せよというのだ。
 コロニーの落下を阻止することはできなかったが、このときの我々の行動が全て無駄にならなかったのは幸いだった。」

 

 月基地へと帰還したミヅキ大尉は乗機の完成に心血を注いだ。
たとえ彼の機体が完成していたとしても、結果は変わらなかっただろう。
しかし、それでもやらずにはいられなかったのだ。
それが、現状に手をこまねくばかりで何も対応できない連邦軍に対しての彼なりのケジメだった。
U.C.0088年11月14日、正式にサイド3がネオ・ジオンに譲渡されると、
ネオ・ジオンは地球上に展開していた戦力を撤退させた。
戦いの場は、再び宇宙へと戻ったのである。
だが、ここで誰しもが思わなかった事態が生じる。
同年12月25日、ネオ・ジオンの士官であるグレミー・トトが突如として謀反を起こしたのである。
これを受け、連邦軍並びにエゥーゴは月基地から艦隊を派遣。
戦況を見守りつつ、先行して戦っていたエゥーゴのネェル・アーガマを援護することとなった。
この艦隊にはエゥーゴのブライト・ノア大佐も参加していた。
ミヅキ大尉もこれに同行したが、彼らの艦隊が戦場に間に合うことはなかった。
翌年、U.C.0089年1月17日、既にハマーン軍並びにグレミー軍との戦いは終わっていた。
ようやく到着した彼らは、ネオ・ジオンの残存兵力を制圧したに過ぎなかった。
こうして、第1次ネオ・ジオン抗争はあっけない幕切れを迎えたのだった・・・。

 

 第1次ネオ・ジオン抗争終結後、ミヅキ大尉の役割は元に戻った。
RGM-89 ジェガンを完成させること、そして月基地の新兵を教育することであった。
地球連邦軍は第1次ネオ・ジオン抗争にて疲弊した戦力の建て直しを図り、
またこれまで以上に各コロニーに対して厳しい態度で臨むようになった。
ジオン独立戦争や第1次ネオ・ジオン抗争のような事態を起こさないために、である。
しかし、この政策が全くの逆効果であることに、彼らは気づいていなかった。
月という宇宙側に生活圏を移したミヅキ大尉にはそれがはっきりと感じられ、 地球連邦政府の政策を冷めた視線で見つめていた。
また、前述したようにこの年に長女が誕生している。

「私は今まで何度も命のやり取りを繰り返してきた。
 だが、それは生きるか死ぬか、つまり『私が死ぬか、あなたが死ぬか』の二択であって、
 そこに新たな生命の誕生はありえない。
 それは時に私を空虚な気分へと追い詰めた。
 だからこそ私は、娘の誕生に立ち会うことができて心からうれしく思う。」

 

 翌年、U.C.0090年5月に彼が携わっていたRGM-89 ジェガンは実戦配備された。
この後、生産ラインに画期的な改良が為され、この機体は大量に生産されることとなる。
ミヅキ大尉は自らの任務、いや使命を果たした喜びに溢れていた。
その後、連邦宇宙軍の各コロニー駐留部隊強化の方針により、 新兵の教育に定評のあったミヅキ大尉はサイド2駐留艦隊に転属となる。
ここでミヅキ大尉は生涯においてもっとも尊敬する人物となるユウ・カジマ大佐と再会することとなる。

 

 カジマ大佐は彼がこれまで出会ったどの上官よりも良識的な軍人だった。
ミヅキ大尉は有力政治家の孫ということもあって、彼の顔色をうかがう上官や、
逆に必要以上に当り散らす上官、グリプス戦争時代の点数稼ぎしか考えない上官など、 ことごとく上官に恵まれることがなかった。
カジマ大佐は、決して聖人君子というような人間ではなかった。
しかしいかにも人間らしい人柄の軍人であった。
だからこそ、ミヅキ大尉にとってはカジマ大佐は尊敬すべき存在だったのである。
ミヅキ大尉はカジマ大佐の下、サイド2駐留艦隊の兵士たちの熟練度を上げるべく奮闘するのである。

 

 以後、大きな事件もなくU.C.0091年には長男が誕生した。
しかしU.C.0092年12月22日には、シャア・アズナブルを総帥とする艦艇がスウィートウォーターの占拠を宣言。
さらに翌年U.C.0093年2月27日、シャア総帥はインタビュー番組内で地球連邦に対し事実上の宣戦布告を行う。
第2次ネオ・ジオン抗争(アクシズ戦争、シャアの叛乱)の勃発である。
これと連動し、各コロニー内のネオ・ジオン派、もしくは地球連邦を快く思わない者たちによるテロ活動が活発となった。
事実、3月4日の5thルナがラサに激突した際にもサイド2ではテロが発生しており、
サイド2駐留艦隊の兵士たちはその鎮圧にあたっていた。
それが原因となって、この日行われたロンド・ベルの5thルナ落下阻止作戦にサイド2駐留艦隊は参加できなかった。

 

 そして同年3月12日。
この日、人類史上もっとも恐るべきことが実行に移された。
連邦からアクシズを買い上げたネオ・ジオンはそのままアクシズを地球に落下させ寒冷化させようというのである。
これを阻止するためにロンド・ベルは『アクシズ落下阻止作戦』を展開し、死闘を繰り広げる。
このとき、サイド2駐留艦隊は1週間前のテロを受けて厳戒態勢にあった。
そのため彼らはサイド2を離れられずにいた。
サイド2を管轄する将官たちはサイド2駐留艦隊を動かすことで、再びテロが起こることを恐れたのである。
しかし、これに対してカジマ大佐はロンド・ベルを援護すべきと強い態度で反発。
結果、必要最小限の艦隊をサイド2に残し、カジマ大佐率いるサイド2駐留艦隊は出港した。
本作戦時、ミヅキ大尉はクラップ級軽巡洋艦『ツガル』に乗艦しており、RGM-89 ジェガンにて出撃した。
アクシズは地球落下軌道に乗り、作戦は失敗に思われたが、
アムロ・レイ大尉の搭乗するRX-93 νガンダムによって奇跡的にその軌道は反らされた。
しかしその代償として、アムロ大尉は行方不明となってしまう。
サイド2駐留艦隊はアクシズの落下を阻止する際に、6名のパイロットと6機のMSを失った。(内2機は最新機のRGM-89である)
このため、帰還後のカジマ大佐はこの責任を問われて軍事法廷に出廷。
その後、予備役へと編入された。
しかしながら表向きには、コロニーの暴動の可能性を知りながらサイド2駐留艦隊を動かしたため、
またアクシズの落下が決定的になったにも関わらず、撤退命令を違反してアクシズに取り付いたためとされている。
その後、ミヅキ大尉はこの作戦における出来事を自身の著作である『アクシズ落下阻止作戦回顧録』にて書き記している。

 

 カジマ大佐の予備役編入に伴い、ミヅキ大尉はサイド2駐留艦隊のMS隊の指揮官となり、少佐に昇進した。
彼はこの昇進を何一つとしてうれしくない昇進と表現した。
彼の最も尊敬するカジマ大佐の役割を継ぐことそのものには誇りを持っていたが、
そのカジマ大佐を予備役に追いやった上層部の都合による昇進であったからだ。
ミヅキ少佐は胸のうちに連邦軍に対するわだかまりを残したまま、第2次ネオ・ジオン抗争は終結した。

 

 

戻る 前のページへ 次のページへ