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ミヅキ中尉とは?(グリプス戦争勃発〜グリプス戦争終結)

 

 当時のミヅキ中尉はユーラシア大陸のアジア方面にいた。
エゥーゴによる試作MS強奪事件直後、彼の所属する(ことになる)部隊は静観する構えを見せていた。
(ミヅキ中尉自身は軍からのわずかな恩給、
 並びにEXAMレポートの公開のきっかけとなったジャーナリストに紹介された仕事で日々を紡いでいた。)
しかし、4月21日のグラナダ叛乱(連邦軍月方面艦隊、エゥーゴへの参加を宣言)、5月11日のジャブロー基地襲撃を受けて、
エゥーゴの行動が一時的なものではないことを見取り、アジア方面軍の一部はティターンズへの協力を申し出た。
このとき、ティターンズへ協力せずに飽くまで純粋な連邦軍として留まった部隊も存在したが、
その多くは日和見主義的な行動からで、積極的に戦いに参加することを嫌ったためである。
このためティターンズへの協力を決定したアジア方面軍第3独立部隊は、
戦力を補強するため予備役の召集や志願兵を募ったのである。
(この部隊が『独立』とされているのは、アジア方面軍の意志とは別に独自の行動を取ることができるようにとの配慮からである。
 しかし、これは前向きな解釈をした場合の話で、
 実際は、「勝手にやっていいがアジア方面軍に責任はない」ということを突きつけたものである。)
こうしてミヅキ中尉は短い予備役生活を終え、戦場へと舞い戻ったのである。

「軍から追い払われたと思いきや、1年も経たずにまた軍へ戻って来いと言われたときはさすがに苦笑せざるを得なかった。
 しかしながら、当時の生活も楽ではなく、日々の食事を得られるならばそれもまた良いのではないかと考えた。
 何より、何もせずにただ怯えているよりは実際に戦場へ赴く方が私の性には合っていたのである。」

しかし彼は自らの所属するアジア方面軍第3独立部隊がティターンズに協力することは知らされていなかった。
彼は飽くまで各地での暴動の際の抑止力として、純粋な連邦軍に召集されたと思っていたのである。
当時は確かにティターンズはそのように宣伝されていた。
だが、ミヅキ中尉はティターンズそのものに対してはあまり良い印象を抱いていなかったのである。

 

 アジア方面軍第3独立部隊はユーラシア大陸内の広範に渡り、エゥーゴ並びにその支援組織カラバと交戦した。
このとき、部隊はRMS-106 ハイザック(連邦軍仕様)で構成されていたが、
ミヅキ中尉自身の希望によりRGM-179 ジムUの部隊も創設されていた。
当初、アジア方面での戦闘はそれほど大規模なものではなかった。
しかし6月29日、カラバのアウドムラがホンコンシティに入港したことを知り、 攻撃への協力を申し出るがティターンズ側はこれを拒否した。
既に同じ連邦軍でティターンズ派のベン・ウッダー大尉が作戦を遂行中だったため、十分と考えられたのである。
(しかしながらこの作戦は結局失敗に終わってしまう。)

 

 ちょうどこの頃、ミヅキ中尉はティターンズに対して本格的な疑念を抱くようになっていた。
彼以外にもアジア方面軍第3独立部隊の一部にはティターンズへ疑念を抱く者が存在していた。
それは7月17日の連邦軍予備役第14航空隊がカラバへの参加を宣言したことや、
8月16日の連邦政府総会において、ティターンズの権限拡大法案が可決されたことでより一層強まった。
(ちなみにミヅキ中尉の祖父はこの法案に対し棄権したらしい。)
8月20日に連邦議会がティターンズのジャミトフ・ハイマン統合参謀本部長就任を承認すると、
ついに彼らはティターンズへの憤りを爆発させた。
若者を中心とした反ティターンズの機運を盛り上げた彼らは、
部隊内にこれ以上ティターンズに協力しない派閥を作り上げ、その頭目にミヅキ中尉を担ぎ上げた。
ミヅキ中尉は1年戦争の経験からMS小隊を預かる隊長役を務めており、部下からの信頼が高かった。
それに加えて、ミヅキ中尉自身ティターンズに嫌気が差していたこともあった。
8月下旬、彼らはアジア方面軍第3独立部隊から離脱し、カラバへの参加を宣言する。

「どう考えてもティターンズのやり口は横暴だった。
 そもそも30バンチ事件を起こしたのもティターンズだったのだ。
 あれが彼らの本来のやり方だと、もっと早くから気づくべきだったのだ。
 しかし、気づかないよりはいい。
 私はそのことに気づいた今、何をすべきかと考えた。
 答えは一つしかなかった。
 それがカラバへの参加宣言だったのだ。」

 

 アジア方面軍第3独立部隊からの離脱を宣言したことで、彼らは裏切り者として連邦軍に追われることになる。
ミヅキ中尉は離脱したジムII部隊を率い、付近のカラバと合流するまでの間、
幾度もかつての仲間であった連邦軍やこの戦いの元凶であるティターンズと交戦する。
彼らは満身創痍ながら、カラバの活動が活発であったアフリカ方面へとたどりつく。
カラバと合流した彼らは搭乗していた機体がティターンズ派連邦軍のものであったために拘束されるが、
事情を話すとカラバは快く彼らを受け入れてくれた。
カラバにとってみれば、戦力は少しでも多い方が良かったのである。

 

 このとき、ミヅキ中尉の祖父であるハラルド・ミヅキ(Harald Miduki)議員もまた動きを見せていた。
多くの議員がティターンズへ尻尾を振るような中、彼は反ティターンズ派の議員と密かに結びつきを強めていた。
このままでは、議会そのものまでがティターンズに掌握されてしまうと危惧していたのである。
しかしながらこの活動が実を結ぶのは、もうしばらく先のことである。

 

 ミヅキ中尉たちの部隊はその他のカラバへ参加を表明した連邦軍と統合された。
ミヅキ中尉の部隊はアフリカ方面軍へと編入され、RGM-79R ジムII(エゥーゴ仕様)が配備された。
また、MS小隊長であるミヅキ中尉には隊長機としてMSA-003 ネモが与えられた。
彼らは前線を維持すべく最前線にて奮闘を見せるが、
ティターンズの拠点であるキリマンジャロ基地が近いこともあり、戦局は一進一退を繰り返していた。
幸い、同じようにカラバに協力を申し出ていた連邦軍アフリカ方面軍のエース部隊、STARの活躍により前線は維持された。

 

 そしてついにその均衡が崩れ去った。
11月2日、カラバはキリマンジャロ基地攻略作戦を発動する。
ミヅキ中尉の部隊、並びにSTARもこの作戦に投入された。
また、エゥーゴの主力もこの作戦に急遽参加することとなり、戦局は一気にカラバ側へと傾いた。
特筆すべきことに、この作戦にはエゥーゴのエースパイロット、カミーユ・ビダン、クワトロ・バジーナ、
カラバのエースであり、1年戦争の英雄でもあるアムロ・レイも参加しているという豪華な顔ぶれであった。
エゥーゴの協力もあり、キリマンジャロ基地は翌3日に陥落する。
地球上でのミリタリーバランスがエゥーゴ、並びにカラバに傾いた瞬間であった。

 

 エゥーゴ・カラバにとってうれしい知らせが続く。
11月16日に行われたクワトロ・バジーナことシャア・アズナブルの「ダカール演説」によって
ティターンズの実態が告発され、世間の目が向けられるようになったのである。
これを受け、ティターンズの地球上での勢力は急速に衰えていくこととなる。
ハラルド・ミヅキ議員はこの機会を逃さなかった。
連邦行政府に対して即座にエゥーゴとの交渉を持つように促し、
翌年U.C.0088年1月19日、連邦司法府はティターンズの行為を違憲であるとの判決を下した。
またこれを受けて連邦行政府はエゥーゴを追認。
エゥーゴに対して叛乱部隊ティターンズの討伐を依頼する。
これによってエゥーゴ並びにカラバは正式な連邦軍という大義名分を得た。
ミヅキ中尉は再び連邦軍人と相成ったわけである。
このときになって初めて、ミヅキ中尉は祖父が反ティターンズ議員であったことを知り、
また祖父自身もミヅキ中尉が反ティターンズのために戦っていたことを知る。
これまで様々な事柄によって対立していた二人であったが、ついに和解することになる。

 

 U.C.0087年11月のキリマンジャロ基地攻略後、地球上の戦局は優位に傾き、
また1月19日にエゥーゴ・カラバが政治的に正当であると認められてからは、 ミヅキ中尉たちの部隊はやや落ち着きをみせていた。
主な戦場は宇宙へと移っており、彼らは地球に残されたティターンズの部隊を相手にするのみだったのである。
地球上での混乱が静まりつつある中、ミヅキ中尉は祖父からの呼び出しを受ける。
共に反ティターンズとして戦ったことを称え合い、和解するためにである。
また祖父は30歳間近になっても独身であったミヅキ中尉のことを心配しており、見合い話を持ちかけた。
祖父の気持ちを無駄にしてはいけないと考えたのか、ミヅキ中尉はこれを快諾。
この縁談がすんなりとまとまってしまい、ミヅキ中尉は年貢の納め時を迎えることとなる。
グリプス戦争が終結を迎えたその年、U.C.0088年に結婚。
翌年に長女が誕生、U.C.0091年には長男が誕生した。
結婚を境に、また地球上での戦線が落ち着いたこともあってミヅキ中尉は前線から遠ざかり、後方支援役を務めることが多くなる。
連邦軍や民間の量産MS開発のテストパイロットを務めたり、新人のMS操縦を教育するようになったのだ。


 

 U.C.0088年2月2日、エゥーゴはメールシュトローム作戦を展開。
20日にはグリプス2をめぐりエゥーゴ、ティターンズ、アクシズの三つ巴による艦隊戦が行われ、
22日、エゥーゴは多くの犠牲を払いながらティターンズ艦隊を壊滅させる。
しかしアクシズは戦力の大半を温存したまま一時撤退し、第1次ネオジオン抗争が勃発することになる。
この艦隊戦の終結をもってグリプス戦争は終結したとする説もあるが、
この2日後、小惑星ペズンにてティターンズの青年将校らが叛乱を起こし、4月5日に鎮圧された。(ペズン事件)
故にこれをもってグリプス戦争は完全に終結したこととなる。
だが既に次の戦いは始まっていたのであった・・・。

 

 

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