「ガンダム」に乗りし者

 

 U.C.0099年9月3日。
月の全人口2億2,000万人が人質に取られた「ムーンクライシス」事件当日。
かつて、「ガンダム」と呼ばれるRX-78タイプのMSにさえ搭乗した経験のある彼は、北極にいた。
本事件を起こしたネオ・ジオンに協力するヌーベル・エゥーゴ(旧エゥーゴとは関わりのない別組織の過激派セクト)の拠点が、
北極で確認されたというのである。
彼は地球連邦軍北極艦隊可潜空母「ナポレオン」所属のMS部隊第2小隊の隊長として、出撃命令を待った。

 

 あの「ガンダム」に乗っていた。
ただそれだけのことだが、MSパイロットからすれば誰もが羨む事実である。
だが、彼が自身の経歴を告げると、彼らは皆一様に蔑むような視線と侮蔑を込めた笑いを浮かべる。

「あぁ、『あの負けたガンダム』のパイロットね。」

今日までに、1年戦争末期に投入されたガンダムタイプは複数確認されている。

「戦えなかったガンダム」こと、RX-78-1 プロトタイプガンダム。
サイド7にて最終調整中に、ジオン公国部隊の襲撃を受けて大破。
その機体は戦線に投入されることはなかった。

RX-78-2 ガンダム。
今日のガンダム神話の起源となったアムロ・レイ少尉が搭乗した機体である。

そして「間に合わなかったガンダム」こと、RX-78-3 G-3ガンダム。
ア・バオア・クー攻略のための増援部隊として派遣されたホワイトベース級5番艦ブランリヴァルに搭載されながらも、
到着の間際に戦いの趨勢は決し、戦場に立つことのなかった機体である。

RX-78-4 G04ことガンダム4号機、RX-78-5 G05ことガンダム5号機。
両機は星1号作戦に備えたジオン公国軍月戦力の陽動という過酷な任務に従事し、
終戦間際には和平派であったジオン公国首相ダルシア・バハロ(影武者であったとする専門家もいる)の護衛をも務め上げた。

そして、今日では「勝てなかったガンダム」という不名誉な称号を持つRX-78-6 ガンダム6号機。通称マドロック。
ジャブロー防衛戦にて、未完成にも関わらず無謀にも出撃し、
結果、第2連合艦隊とともに打ち上げ予定であったホワイトベース級5番艦ブランリヴァルを守りきれず、
さらには自機をオーバーヒートさせてしまう。
この被害の影響により、ブランリヴァルは出港が遅れ、ア・バオア・クー攻略戦に間に合わなかったということになる。
汚名返上とばかりに、北米大陸の攻略作戦に投入が決定されるも、
さしたる戦果を残すこともなく、公国軍部隊により撃破される。
彼を弁護するならば、撃破した公国軍部隊の方が一枚上手だったと言えよう。
もし、彼の搭乗機がジムであったならば何の咎もなかっただろう。
だが、彼が搭乗していたのは、戦線に投入されれば一騎当千の活躍が期待される「ガンダム」だったのである。
この敗北が、以後の彼の軍人生活を大きく狂わせたことは言うまでもない。

 

地球連邦軍北極艦隊可潜空母「ナポレオン」

「ジム隊はジェガン隊の発進まで待機。」

「了解。」

ジム隊とは彼の率いる第2小隊のことを指す。
ジェガン隊は第1小隊のことだ。
ジムとは言うが、まさかRGM-79のことではない。
これまでに改良され続けたRGM-86R ジムIIIのことだが、普段はジムと呼んでいる。
もっともRGM-89 ジェガンと比べれば、やはり性能は落ちる。
彼は、このような部分でもこれまでのツケを払わされていた。
いつまで経っても尉官のままでいるばかりか、宛がわれる機体もお古ばかり。

「オレは、あのときに全ての運を使いきっちまったのかもしれない・・・。」

時々そんなことを考える。
彼は1年戦争当時、連邦軍内でも屈指の砲術士官であり、連邦軍首脳部での評価も高かった。
そのため、砲撃戦を主眼においたMS開発に抜擢され、さらにはそのパイロットを務めることとなった。
彼の設計したMSは高い戦果を残した。
RGC-80 ジムキャノンはアフリカ戦線やオーストラリア戦線で大活躍し、
連邦でも五指に入るエースパイロット、リド・ウォルフ少佐やホワイト・ディンゴ隊といった有名な部隊を輩出したほどだ。
アフリカ戦線を指揮したハイマン将軍は、ジムキャノンの活躍にいたく感動したらしく、直に謝辞をもらった。
だが、あのときから彼への評価は一変した。
他でもないあの「ガンダム」を大破させたときからだ。
ガンダム6号機のパイロットとして選出されたとき、彼の胸は高鳴った。
「これであいつらに勝てる!」
そう信じて疑わなかった。
だが、ジャブロー、そして北米での奴らとの戦いの結果は、無様なものだった。
奴らのMSを3機撃墜したものの、奴らの策にはまってガンダム6号機は呆気ない最期を迎えた。
そして彼は北米大陸の攻略部隊から外され、アフリカ大陸へと渡った。
派閥の枠を越え、ハイマン将軍が彼を引き入れたいと要請したのである。
ハイマン将軍は言った。

「君はレビル将軍らの派閥に任せておくには、実に惜しい人材だ。」

RX-78タイプのMSは、レビル将軍派閥の管轄におかれていた。
彼自身、ガンダム6号機に携わっていたこともあり、レビル将軍の派閥にあった。
だが、汚名返上を懸けて臨む彼に対し、他のレビル派は冷たかった。
彼の搭乗するガンダム6号機は、北米大陸(特にキャリフォルニアベース)攻略の要として、
海路による輸送後、早々に陸揚げされる予定であった。
だが、「都合が変わった」と、彼の機体は後へ後へと回され、
代わりに陸揚げされたのは他のレビル派に所属するジム部隊であった。

「一体いつになったらオレのガンダムは陸に上がるんだ!?」

彼は船員に対し、強く抗議した。
そんな彼に対し、船員は「貴方の機体は規格外だから、陸揚げにも時間がかかる」との一点張りであった。
だから規格通りのジムを優先するというのである。
一刻も早く借りを返したいと願う彼にとっては、屈辱であった。
そして、そんな彼に追い討ちかけるような出来事が続く。

「隊長、これも『ガンダム』タイプのMSみたいですね。」

本人にはそのつもりはなかったのだろうが、彼にはウェーブ(女性兵士)との仲をまるで見せびらかされているかのようで腹が立った。

「女連れの軟派野郎が。」

男にもその言葉は届いていたであろう。
だが、男は気にする素振りを見せずに、ウェーブ(女性兵士)と会話を続けようとした。

「おぃてめぇ、なんだその口の利き方は!」

「アニッシュ、やめるんだ!」

だが、男の部下であろう一人が、彼の言葉を咎めた。

「本当のことを言って何が悪い。そんなヘラヘラしたヤツに、よく隊長が務まるな!」

「隊長のことを悪く言わないでください!」

売り言葉に買い言葉。
彼のイライラは既に頂点に達していた。
いっそのこと、殴り合っていた方がまだすっきりしたのかもしれない。
だが、男は別段に気にした風もなく、彼に言った。

「オレたちの振る舞いが気に入らないのなら謝罪する。だが、オレたちは同じ仲間じゃないか。
 これから重大な作戦に挑むのに、連邦同士でいがみ合っていても仕方ないだろう。
 同じ『ガンダム』パイロット同士、協力しようじゃないか。」

「お前も、ガンダムのパイロットだと!?」

「あぁ。今、ちょうど降ろされている機体さ。」

男はそういって、今まさにミデアより降ろされている機体を指差した。
RX-79(G) 先行試作量産型ガンダム。一般に陸戦型ガンダムと呼ばれる機体だ。
それを知って彼はますます腹が立った。
陸戦型ガンダムは確かに「ガンダム」の名前を冠している。
だが、陸戦型ガンダムはRX-78タイプの製造過程で生じた余剰パーツを組み合わせただけの代物で、
純粋な「ガンダム」とは天と地の差もある偽者だ、というのが彼の持論だった。

「ふん。せいぜいジオン野郎にやられないように気をつけるんだな。」

「このやろう、言わせておけば!」

「おぃ、落ち着けよアニッシュ。」

彼の言葉に怒りを露にしているのは、ウェーブ(女性兵士)とアニッシュと呼ばれる金髪の男だけで、
隊長と呼ばれる男と、アニッシュを止めている落ち着いた感じの男はいたって冷静だった。

「オレは、一刻でも早くジオンの野郎をつぶさなきゃならんというのに・・・・・・。」

彼は悔しさに唇を噛み締めた。
そんな彼の言葉を、隊長と呼ばれる男は聞きとがめた。

「待ってくれ。君もガンダムのパイロットなら、その力を単なる殺戮に使わないでほしい。」

「あぁん!?」

「無益な殺生はしないでほしい、そう言ったんだ。」

「お前、本気で言ってるのか?」

「あぁ、本気だ。」

「じゃあ聞くが、お前は隣にいる女がジオン野郎に無惨に殺されても同じことが言えるか?
 お前の部下が目の前で殺されても、その引き金を引かずにいられるか?」

男は一瞬答えに詰まった。だが、すぐに毅然として返答する。

「あぁ。」

「お前たちの隊長はよほどのお人よしだな。さもなければよほどのバカか。」

「バカでもお人よしでもいい。だが、約束してくれ。」

「・・・オレはな。部下を目の前で無惨に殺された。ジオンの野郎、生身の人間をMSのマシンガンで射抜きやがった。
 あんな血も涙もない奴らを、野放しにはしておけない。」

「だからといって、オレたちが彼らを殺していい理由にはならない。
 ここにいる彼女は、1週間戦争で父親を失った。
 オレの部下の二人は、地球降下作戦のときのオデッサで、キャリフォルニアで、数え切れないほどの仲間が殺された。
 オレも、多くの海兵隊の仲間を失った。生身でMSに向かっていったがためにだ。
 だが、オレたちは憎しみでトリガーを引いてはいない。」

「詭弁だな。」

「そう取られても構わない。だが、約束してくれ!」

「・・・オレは、部下を殺したヤツを許せん。ヤツに、同じ気持ちを味あわせてやる!」

彼がそういうと、男は残念そうな顔を浮かべた。
男はウェーブ(女性兵士)に腕を引かれ、彼の前をあとにした。
結局、彼のガンダム6号機が陸揚げされたのは、戦いの趨勢が見えた段階になってからであった。
先に陸揚げされたジム部隊が、キャリフォルニアベースの主要施設を陥落させてしまったのである。
そこには、先程彼と口論を交わした男たちの部隊の姿もあった。
彼らはレビル将軍派閥のコーウェン准将子飼いの部隊、MS特殊部隊第三小隊であった。
彼らと、レビル将軍直轄のMS部隊である第11独立機械化混成部隊は、
既にキャリフォルニアベース攻略作戦の部隊配置図が出来上がっているにも関わらず、
レビル将軍の威光を笠に来て、強引に激戦区域の配置を奪っていった部隊だった。
そこは本来ならば、ガンダム6号機のパイロットである彼が中心となって戦うべきであった区域であった。
彼の機体の陸揚げが後回しにされたのも、
後から来た部隊が、ミデアで空路輸送されてきたのも、全ては他のレビル将軍派閥のごり押しだった。
第11独立機械化混成部隊所属とおぼしきジムのパイロットが、彼に投げかけた言葉は、彼の怒りをますます煽り立てた。

「ほんじゃまぁ、あとはよろしく頼むわ。」

手柄を取るだけ取って、面倒な後始末は任せたというのか!?
恐らく、そのパイロットは、趨勢は決まったとは言え、戦いは続いているから気をつけろ程度の意味で投げかけたのだろう。
だが、そのときの彼は、そう受け取るだけの精神的な余裕は残されていなかった。
それでも彼は、コックピットだけは外して敵機を撃破していた。
あの、隊長と呼ばれる男の約束を守ったというわけではないのかもしれない。
ジオンに対する憎しみは、変わらずあった。
だが、それをジオン兵そのものに向けることに対しては抵抗があったのかもしれない。
そして躍起になって戦った彼は、前述したように敗れ去った。
彼は決して無能なパイロットではなかった。むしろ有能な部類に入る。
けれども、その当時の精神状態には大いに問題があった。
結果、そこに付け入る隙が生まれ、ガンダム6号機の性能を活かせぬまま敗れ去ったのだ。
彼が命を永らえたのは、ガンダム6号機の優れた性能の一つだったのかもしれない。
だが、上層部は決してそんな点を評価しない。
そんな折に声をかけてくれたのが、アフリカ戦線のハイマン将軍だったのである。

「この地球からジオンを追い出すのに、君の力を貸して欲しい。」

彼にとって、それはこれ以上ない誘い文句だった。
彼は二つ返事でアフリカ大陸に渡り、そこで終戦を迎える。
実際、ジムキャノンはいい機体だった。
彼はガンダムでは活躍できなかったものの、ジムキャノンではある程度の戦果を挙げた。
そして、彼に大任が下る。
飽くまで徹底抗戦を貫こうとするジオン公国軍残党を説得する特使となってほしいというのだ。
その相手こそ、彼にとって因縁の相手であるガンダム6号機を葬った相手だった。
彼は説得に赴くものの、交渉は決裂。

「全軍、ジオン公国軍残党を殲滅せよ。」

ハイマン将軍の命が下った。
だが、彼らを殲滅することも、捕らえる事も、そして投降させることも叶わなかった。
彼らはこの局面を切り抜けると、いずこかへと姿を消してしまったのである。

 

「エイガー大尉、ジェガン隊発進しました。」

その言葉に、彼は我に返った。

「了解。続いてジム隊発進する。」

倒すべき敵は、今も目の前にいる。だが、今の敵はジオンではなかった。
ジオンの生まれ変わりであるネオ・ジオンに協力しているからには、反乱分子には違いない。
しかし、彼らはかつてのジオン公国軍ではない。
地球連邦政府に不満を抱く地球連邦市民たちなのだ。
その事実が、彼をまたかつての大戦の記憶へと引き込んでゆく。

 

彼を高く買ったハイマン将軍の派閥は、1年戦争後、派閥抗争に勝利した。
1年戦争後終結間際にレビル将軍が戦死し、レビル派は一気に衰えることとなった。
辛うじて後継者として目されていたコーウェン将軍を中心にまとまりつつあったが、
そのコーウェン将軍もU.C.0083年のデラーズ紛争後に失脚した。
事実上、レビル派が途絶えた瞬間である。
また、デラーズ紛争時にはコリニー提督と並ぶワイアット将軍も戦死しており、
ハイマン将軍の属するコリニー派が軍を掌握したこととなる。
コリニー提督は退役と同時に、その実権をハイマン将軍へと引き渡したのであった。
ハイマン将軍はジオン公国軍残党狩り、並びに地球圏の治安維持のための組織、ティターンズを結成した。
だが、彼は「ガンダム」を大破させた経歴の持ち主であるために、ティターンズの精鋭として選抜されることはなかった。
ハイマン将軍はそんな彼を、ある連邦軍部隊に配属となるよう働きかけた。
その部隊とは、ティターンズへの協力を確約する連邦軍部隊であった。
彼は以後、ティターンズ派連邦軍として過ごすことになる。
そしてU.C.0087年のグリプス戦争の勃発、並びに翌年のティターンズ敗北。
彼はティターンズ派であったということで、連邦軍復帰後も冷遇される毎日となったのである。
そして現在の北極艦隊勤務となったわけだ。
あのとき、「ガンダム」のパイロットに選ばれた時点で、自分は運を使い果たしてしまったのだ。
彼はいつもそのように自嘲する。

 

「エイガー大尉!ジェガン隊が敵襲を受けたようです。至急、援護に向かってください!」

「ナポレオン」から出撃した彼が目にしたのは、敵の新型艦によって壊滅的な被害を受けたジェガン隊の姿だった。
そしてなおも、新型艦の発進を援護すべく、敵機が猛攻を仕掛けてくる。
彼は最早、敵新型艦の発進を阻止できないとみるや、友軍機の救出を優先すべく敵機との交戦に入った。

「全員よく聞け、最早敵艦の発進を阻止するのは不可能だ。ジェガン隊の生存者を回収し、撤退する!」

とはいえ、そう易々と逃がしてくれる相手ではない。
ネオ・ジオンからMSの提供を受けていたのか、ドーガタイプ1機、ザクタイプ2機が彼らを追撃する。
1対3。明らかに分が悪い。
そもそも、ジムは物量戦を想定して設計された機体であった。
単機での性能は、RGM-79N ジム・カスタムやRGM-79Q ジム・クゥエルといったハイエンド機を除き、良いとは言い難い。
このジムIIIもその例に漏れず、平均的な性能しか持ち合わせていなかった。
対して、元から多数の相手と交戦することを前提としたドーガタイプの性能は高い。
圧倒的多数の連邦軍にケンカを売るのだから、反乱組織にとっては1機1機の性能を高めて対抗する他に術はなかったのだ。
だが、いくら性能が高いとは言え、充分に施設の整っていない彼らには、メンテナンスの面で劣る。
ザクタイプの内の1機は、明らかに他の2機から遅れを取っていた。
彼はビームライフルを構え、動きの鈍い旧型のザクタイプを1機、半ば強引に撃破すると単機で敵機へと向かっていった。

「恐らく、これも『ガンダム』をぶっ壊したツケなんだろうなぁっ!」

もしも今乗っている機体がマドロックだったなら。
今の彼ならば、恐らくはマドロックの性能を完全に引き出せるだろう。
だが如何せんジムでは、ザクタイプの相手ならばまだしも、ドーガタイプを相手にしては分が悪い。
まだ生存者の回収は終わらないのか。
生存者を回収し、母艦へと帰還する。
そしてまた彼の援護に戻ってくるまでの時間を逆算する。
だが、彼は計算を途中で止めた。
どう考えても、味方機が自分を援護しに到着する前に、自分がやられる方が早い。
それは「ナポレオン」の艦長にもわかっているだろう。
ならば、艦長は彼を捨石とするかもしれない。
友軍機を彼の元へ再度発進させたとしても、彼がやられていたのでは意味がない。
それどころか、全滅という最悪の事態を招きかねない。
20年以上も現場の兵士をやっている彼にも、それぐらいの計算はできる。

「くそったれがっ!」

彼ははき捨てるように叫ぶと、肩部のミサイルをデタラメに発射した。
倒せるとは思っていない。
だが、一発でも頭部、もしくは脚部に当たれば儲け物だ。
地上でのMS戦の決着は、脚部の破壊かコックピットの破壊で決まる。
もちろん、ジェネレーターを破壊するという手段もあるが、
白兵戦でこれをやると、攻撃した側もただではすまない。
頭部への攻撃は致命傷にこそならないものの、一時的に相手の戦力を低下させることができる。
頭部がなくともMSは作動するが、メインカメラなどの機関が頭部に集中しているためである。
だが、ザクタイプのMSはミサイルをかわし、彼の元へと迫ってくる。
この行為は、彼にとって僥倖であった。
彼はザクタイプの後方へと逸れたミサイルに照準を合わせると、ビームライフルでそれを射抜いた。
衝撃がザクタイプを襲い、ザクタイプは前方へと転倒する。
間髪いれず、彼はザクタイプの脚部の膝関節を、ビームサーベルで焼き斬った。

「あと、1機!」

機体をドーガタイプへと転進させる間もなく、彼のシールドは跡形もなく吹き飛んだ。
ビーム状のマシンガンが乱射され、彼の接近を阻む。
奴らの戦力として期待されていたのか、ドーガタイプはザクタイプよりも万全にメンテナンスされていたらしい。
いや、協力先のネオ・ジオンから新規生産分を供与されたのかもしれない。
いずれにせよ、彼の危機であることに変わりはない。
シールドを失い、ジムの装甲が次々と剥離していく。
もはやこれまで、と彼が覚悟を決めたとき、一発のミサイルがドーガタイプを退かせた。

「エイガー隊長、ご無事ですか!?」

「お、お前・・・。」

それはジム隊の2番機であった。
ジェガン隊のパイロットを回収すると母艦までの運搬を3番機に任せ、隊長である彼の援護へと舞い戻ったのである。
形勢不利になったと見るや、ドーガタイプは後退の体勢を取った。

「隊長、ドーガタイプが逃げます!」

「いや、追撃はするな。ヤツ1機では何もできないさ。」

奴らの目的は、新型艦の発進にあった。
それを果たした今、奴らも無理には仕掛けてこないだろう。
宇宙にも連邦軍はいる。
新型艦の暴挙は、きっと宇宙軍が阻止してくれる。
自分たちにできることは終わった。
あとは、友軍の勝利を祈るだけだ。

 

 北極で交戦したザクタイプのパイロットたちは生きていた。
彼らを捕虜として回収し、母艦に向かった彼らが目にしたのは、
先の新型艦発進の影響で海中へと傾いた母艦の姿だった。
なんとか体勢を立て直すことはできたものの、最早満身創痍としか形容のしようがないほどに部隊はくたびれていた。
彼らは捕虜の引渡しと補給を受けるため、付近の基地施設へ帰投した。
ムーンクライシス事件勃発から6時間後。
彼は、ジオン公国の最後の後継者を名乗る人物が語る演説を聴いた。
それは、宣戦を布告するものではなかった。
ジオンを継ぐ者として彼女が下した最後の命令、願いとは、戦いの終焉であった。
武力による戦いを放棄し、新たな世代が新たな時代を生きられるよう教育してほしい。
彼女はそのように語った。
この戦闘には、複数のガンダムタイプが投入され、事件の解決に寄与したと帰投する母艦の中で耳にした。
依然として「ガンダム神話」は健在か、と彼は苦笑した。
しかし、彼の表情は明るかった。
彼も、彼の部下も、彼の同僚も、そして彼と戦った相手も皆生きている。
その結果は、ガンダムの力で生み出したものではない。
彼は、まるで過去の呪縛から解かれたかのように、さっぱりとしていた。

「これで、ツケは全部払いきったよな。」

彼の呟きは誰にも聞かれることなく、艦内へと消えた。

 

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